願い

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願い

 三日後、禅宗は家康に呼び出された。  部屋につくと家康と秀忠が神妙な顔つきで待ち構えていた。  「今回はよくやってくれた。お前達のおかげで最悪の事態は回避できた。心から礼を言わせて貰う」  「もったいなきお言葉」  「さすが黒田如水の懐刀じゃ」    家康のべた褒めに照れながらもどこか違和感を感じてしまう禅宗。  「これは大げさではないぞ。今回の事で多くのことをお前達から学べた。私からも礼を言わせてくれ」  秀忠は礼を述べると深く頭を下げた。  「俺は美琴や孔士の手助けをしただけですよ」  恐縮しながら顔を振る。  「そして最後は皆で勝ち取った勝利です。誰一人かけても奴らは倒せませんでした」  禅宗の言葉に深くうなずくと満足げな表情をする家康。    「してだ禅宗よお主に頼みがあるのだが」  「・・・・・・頼みですか?」    嫌な予感が的中する。  家康の表情は面倒ごとを押しつけてくるときの如水と同じであった。  「美琴を旅に連れていってはくれぬか?」     予想はしていたがそれでも家康の頼みは驚きであった。  いくら危険があるとはいえ美琴は徳川家の特機戦力には変わりはない。まだ政権が完全には安定していない現状で手放すのは得策ではない。  「美琴は徳川家において特別な存在です。俺のような浪人と一緒にいてはもったいない気がするのですが?」  「それは儂ら為政者の理屈じゃ。本当に 美琴の幸せを考えればお主のような人間に託すのが最良と思っておる」  「大名に嫁ぐ話もあったのでは?」  「今回の件であの娘を引き受ける所はないじゃろう。ただでさえ炎滅の巫女という称号が知れ渡っている。化け物扱いは免れない じゃろうな」  今回は上手く解決できたがまた同じような事件がおこらないとはかぎらない。そんな不安の種を自ら引き受ける人間はそうはいない。  「頼む!! これ以上あの娘を兵器として使いたくはないのじゃ」  「家康さま・・・」  「確かに美琴の力は絶大じゃ。あの力があれば大阪の豊臣家を滅ぼすのも簡単かもしれない。だが大きすぎる力は諸刃の剣でもある。何より決して美琴を幸せにしない」    強く拳を握りしめる。  「いくら大義の為とはいえ儂はあまりにも美琴から奪いすぎたのだ。もうこうなっては普通の娘として生きていくのは不可能じゃろう」  厳しい戦場で生きてきた美琴には普通の娘としての過去はない。    「だから頼む!! もうあの娘を託せるのはお主しかおらぬのだ」    天下人の懇願に戸惑い慌てる。  「ですが俺の旅は危険がともないます」  「少なくとも足手まといにはならぬじゃろう?」  「たっ・・・たしかに」  戦闘能力は禅宗の遙か上をゆく。  「私からも頼む!!」  秀忠までお願いされては禅宗も断るわけにはいかなかった。  「・・・わかりました」  二人の表情が明るくなる。  家康はホッとしたのかため息を上げた。  「禅宗!! 恩にきるぞ」  秀忠は禅宗の手を握り喜ぶ。  「一つ聞いてもよろしいですか?」  「なんじゃ」  「なぜ美琴にそこまでするのですか?」    いくら特機戦力とはいえ美琴への思い入れは必要以上に強く感じていた。  家康は少し考えると顎に手をやり重い口を開いた。  「実はな・・・美琴は儂の娘じゃ」  「なっ・・・」  絶句するが今までの疑問が一気に解消された。  「あの娘の母は強い魔力を持つ巫女であった。美琴を産んですぐに死んだのだが遺言でアマテラスの鏡を託すように言われていたのじゃ」   「・・・あいつにとって炎滅の巫女は定められた運命だったのですね」    組み込まれた歯車を変えるのは並大抵ではない。ましてや幼い子供ではどうすることもできないだろう。  「だがあの娘を兵器として利用したのは儂の意志じゃ。その過程で見たであろう地獄のせいでどれだけの業を背負わせ小さな幸せを奪ってしまった事か・・・」  実の娘に過酷な運命を背負わせた自責の念が家康を苦しめていた。  「恥ずかしながら父親として何一つあたえてはいない。儂が与えたのは血なまぐさい 戦場と孤独だけであった」  「家康さま」  「だからこそお主らといるときの美琴の穏やかで明るい表情を見てまだ儂にやれることがあると思ったのじゃ。お前達と共に旅立つのが美琴の一番の幸せと感じた」  「・・・それでですか」  「これは武将としてではなく父親としての偽りのない想いじゃ」  家康の偽りのない本心を聞き禅穏やかな顔を浮かべる禅宗。    「わかりました。想いは受け取りました。全力で美琴を守り共に歩いていきます」  覚悟を決めた禅宗の顔を見て家康と秀忠は満足げな表情をした。  「不束な娘だがよろしく頼むぞ!!」  家康は禅宗の手を強く握る。
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