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「お見苦しい所をお見せしてしまって申し訳ありませんでした。失礼します」
『久野さん』
「は、はい!」
名前を呼ばれシャキッとなると、思わずその勢いで正座をしてしまいハッとなる。足を崩して、でも背筋だけはピンとしたままスマホに耳を当てると、一ノ瀬課長の言葉を待った。
『酔った勢いで電話をしないでください』
「す、すみませんでした……」
『彼氏に浮気されて別れて、それを親友に愚痴るとか、聞かされる身にもなってください』
「た、大変申し訳ございませんでした……」
美奈に言うのは、彼女が漫画家だからであってネタ作りの手伝いの為にしているんだっつうの。そんなこと、死んでも口にしないけど。やはり鬼。彼氏に浮気されても慰めの一つもくれない。そんなだから鬼と呼ばれるんだ、鬼め。ハゲてしまえ。
『馬鹿ですね』
「ちょっとさすがにそれは酷くないですか!?」
思わず反論してしまうと、私は我に返り言葉を失う。大変なる失態。これはマズいだけじゃない。もう待ってるのは死、のみ。
「すみませんでした……」
『いえ。馬鹿、と言ったのは久野さんに対してではありません。浮気した彼です』
「……え?」
私はポカーンとすると、目をパチパチと瞬かせ、それからまた「え?」と言う。一ノ瀬課長は電話越しで鼻で笑ったような声を出すと、水を飲んだのかごくッという音が聞こえた。
『久野さんがいるのに浮気するなんて馬鹿だと思います』
「……ああ、それはどうも?」
『何で疑問調なんですか』
「いえ、課長が珍しく優しいので……あ」
『はい?』
「いえ、課長はいつもお優しいです!」
私はへらへら笑いながら誤魔化すと、冷汗がだらだらと額から流れ出る。電話越しで本当に良かった。安堵の息を漏らしながら、汗を拭うとスマホを持つ手を持ち替る。
『これからどうするんですか?』
「な、何がですか?」
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