笑顔のその先 2

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初めてこの部屋に来た時、僕はまだ大学生になっていなかった。 高校の卒業式に番になり、プロポーズをしてくれた颯介さんに急に連れてこられたのは、その卒業式から一週間後のことだった 僕にとってまだ結婚なんて実感がなく、誰かと付き合ったこともなかったので、正直普通に恋人ができたくらいの感覚だった。 家に挨拶に来てくれて親公認になったとはいえ、僕の生活は何も変わっておらず、普通に実家にいたし、結婚の準備というよりは入学する大学の準備の方が忙しいくらいで、だから普通に買い物に行く感覚で車でここに連れてこられた時はその意味もわからず、誰か友人に会いに来たのかと思ったのだ。なのにそのドアの前に来てもインターフォンを押さず、ポケットから鍵を出して開けた時にはびっくりして思わずその手を止めてしまった。 『大丈夫。許可は取ってあるよ』 そう言って開けたドアの先には、真新しいキレイな部屋が広がっていた。 建物そのものはそこそこの築年数が経っているようだったけど、その部屋はきちんとリフォームされ、新築の香りに満ちていた。 作りは一般的なマンションのそれと変わらず、玄関を入ると廊下があり、右側にドアが二つ。そしてつきあたりのドアの先にリビングが広がっている。 リビングはおよそ12畳ほどだろうか。日当たりが良く、電気をつけなくても明るかった。そこで先生はおもむろに小さな小箱をポケットから取り出すと、僕に突き出した。 『朔夜、オレと結婚して、ここで一緒に暮らしてくれ』 どこかの映画に出てきそうな仕草で小箱をパカッと開けると、そこにはペアリングがあった。 プロポーズはとっくに受けていたので、改めてされたそれにびっくりしたけれど、その真剣な先生の表情に僕もまた真剣に『はい』と返事をした。すると先生は安心したようにその硬い表情を崩し、僕の左の薬指にリングをはめると自分もはめ、僕をぎゅっと抱きしめて言ってくれた。 『朔夜、一生幸せにする』 それから春休みのうちに引っ越しをして入籍を済ませると、僕達の新生活が始まった。 あれから12年。 真新しかったこの部屋もそれなりにくたびれていた。 真っ白だった壁紙には家具の跡がつき、まっさらだったフローリングにも細かな傷が全体に散っている。 僕はそんな部屋に感謝をしながら最後の掃除をし、あの時と同じように何も無い部屋を眺めていた。 結局、ここには一人で住んでいた方が長かったな・・・。 だけど、ここには颯介さんとの想い出がいっぱい詰まっている。 交際0日で番になった僕達は、どちらかと言うと付き合いたての恋人同士のようだった。お互いのことを何も知らなかったから、毎日が新鮮で幸せだった。その全てがここに詰まっている。 ここを離れたら颯介さんとの思い出がなくなっちゃうような気がして、僕はずっと離れられないでいたけど・・・。 今日僕は、ここを出ていく。 感慨深くてなかなかそこを離れられないでいると、肩にぽんと手を置かれた。 「大丈夫。あの人もちゃんと一緒についてくるよ」
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