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気に入らない男性との会食は必ず割り勘で。出すという男の声を遮って、私は無理やり自分の分を払った。
「楽しかったです。またチャットで連絡しますね」
「あ、あの、LINEとか交換できませんか」
「ごめんなさい、一回目のデートでは交換しない主義なんです」
いかにももうこりごりという微笑みを浮かべて一礼し、振り向きもせず足早にレストランを後にする。アスファルトの上をパンプスのカツカツいう音が虚しく響いてきて、たったいま過ごした一時間半ほどを微かに思い出させた。濃密なバジルの香りがまとわりついて離れない。すぐに帰宅してシャワーを浴びて歯を磨きたい。
地下鉄の駅に降り立つとちょうどよく求めていた電車がホームに滑り込んでくる。幸運だ。本日のラッキーポイントがたったのこれだけなんて、我ながらつまらない人生だと泣けてきた。ほどよく空いた車両で着席し、スマホを取り出す。
『タロさんからメッセージが届いています』
南極の犬みたいな名前はたったいま食事してきた男からだ。既読マークがつくのが嫌だから開かない。そのかわり別のマッチングアプリを開いて溢れ返る男性の写真に目を凝らした。
こうして探し続けるのも、最近だんだん疲れてきた。
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