戦渦の慕情

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『話は解った。デイヴィッド・フーシェ宰相』 『恐悦至極に存じ上げます。カール・フォン・ヒンデンブルグ侯爵閣下』 城館の謁見の間で、完璧な所作で恭しく深々と御辞儀を行った人間の殿方が面を上げると、首から下げている謀略神の聖印が見えて少し気になったわね。 『下がるがよい』 レムリア王国の四大名家でもある、北方貴族諸侯領筆頭のヒンデンブルク侯爵家の当主でもあるカール御父様が、領主のみが着席を許される椅子に腰掛けられたまま仰せになられると。立ったまま応対していたデイヴィッド・フーシェ宰相は、再度完璧な所作で恭しく深々と御辞儀をして。 『はい。カール・フォン・ヒンデンブルグ侯爵閣下。本日は御多忙な中で貴重な御時間を割いて頂きまして、心底よりの御礼を申し上げます』 デイヴィッド・フーシェ宰相が謁見の間から退出すると、カール御父様は一人娘である私に対して、豊かな(ひげ)(たくわ)えている威厳のある顔に優しい表情を浮かべられながら。 『アリスはあの男をどう見る?』 カール御父様の一人娘として、次期当主となる為の帝王学を幼い頃から学んでいる私は、恭しく深々と御辞儀をしてから。 『英雄神様が建国なされたレムリア王国に、謀略を司る謀略神の聖印を堂々と首から下げて訪れている事から考えて。表面上の礼儀正しさとは裏腹に、肝が大きい殿方だと思われます。カール御父様』 カール御父様は首から下げている英雄神様の聖印を揺らされながら、楽し気に笑われて。 『同感だアリス。あの男は北方のを支配している暴君に宰相として仕えているが、忠誠心は見せ掛けだけに過ぎぬだろう』 カール御父様が当主を勤められる北方貴族諸侯領筆頭でもあるヒンデンブルク侯爵家は、レムリア王国の北の防衛を担当しているけれど。北側に位置する暴君が支配する小規模な王国の事を、(さげす)みの感情を込めて小王国と呼ばれているわね。 『はい。カール御父様』 カール御父様は私に対して、慈愛を込めた表情を向けられて。 『人間の忠誠心は見た目だけでは解らぬ。真の忠誠心を獲得する為には、自らを高めつつ常に他者への敬意を怠ってはならぬぞ。愛しい娘であるアリスよ』 カール御父様の御言葉に、私は演技抜きで心の底からの同意を込めて再度恭しく深々と御辞儀を行って。 『はい。カール御父様。御言葉肝に銘じます』
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