まともな人程ボッチになる

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 バスや電車の中で混雑に紛れて掏摸をする、箱師である女。彼女は所謂、ボンキュッボンとしたスタイルだし、ルックスも良い為に満員じゃなくても男が寄って来るような女だから掏摸がやりやすい。で、時にJK援交ギャルよろしく丈の短いスカートの制服姿になって痴漢行為をやられている隙に掠め取り、将又、相手が自分の色香に魅せられている隙に掠め取る。通勤ラッシュでおしくらまんじゅうをするような満員電車の時なぞは周囲の人間から複数の財布を一時に失敬することもある。そして露見しない儘、次の駅で降りる。  また、縁日、観光地、繁華街、市場など人で賑わう所へ赴いては掏摸をする、平場師でもある女。勿論、敏捷だから仮令、露見しても素早く雑踏に紛れて逃げ果せる。  名を亜沙美と言って女手一つで育てられたのだが、その母が水商売で家計を支えていることで学校で差別を受け、ぐれて不良少女になり、高校中退して不良仲間と共に掏摸を働くようになったのだ。但、母みたいになりたくなかった亜沙美は、操を堅く守った。だから不良仲間の男に体を求められても決して許さなかった。  しかし、18になったこの頃では不良仲間のリーダー的存在であり告白して来た翔平に対し、はっきりした態度を示すことが出来なかった亜沙美は、この儘では近い内に処女を奪われてしまい兼ねないと危惧していた。彼女は仲間に入らないかと翔平に誘われ独りぼっちから救われた恩を感じてはいたものの彼を恋人の対象とは見ていなかったのだ。出来れば恋人はまともな人が良かった。いい男なら猶更良かった。そして恋人にだけ体を捧げたかった。  だから掏摸から足を洗わしてくれる男の人との出会いを夢見るようになった亜沙美は、或る日、普段、行かないようなオフィス街にやって来た。彼女は思う所があり持ち前の掏摸で以て良き出会いを勝ち取ろうと目論んでいるのだ。しかし、その慧眼に適う人物とは一向に行き当たらない。  で、ちぇっと思わず舌打ちした亜沙美は、憂さ晴らしに脂ぎった、でぶっちょのビジネスマンに態とふらついて行ってぶち当たり、「これは失礼しました。御免遊ばせ!」と慇懃無礼に言うと、彼が怒るより寧ろでれっとしたのを見て眉を顰めた上にせせら笑いを浮かべながら行き違い、ちゃっかり5万円入った財布をゲットするのだった。  しかし、こんなことではいけない。こうなったらまともな人と結ばれるべく県外に出て翔平から逃れ、掏摸から足を洗って堅気になろうと思った亜沙美は、県外の或る町工場の事務員の求人に応募して面接を受けたところ採用となったので近隣のアパートを借りて一人暮らしすることとなった。ところが、使用期間の三ヶ月を待たずに嫌になって退職した。上司のセクハラや不細工な同僚の嫉妬や嫌がらせや男子社員のいやらしい視線などを毎日のように受けたからであった。  その後、二三の会社で働いてみたが、矢張り大同小異で駄目だったし、他に出来そうな、またはやりたい仕事もないから生計を立てる為に元の木阿弥で掏摸稼業に再び手を染める仕儀と相成った。  一旦はまともな人間になろうと努めた亜沙美であったが、周りの人間が俗世間からはまともと認められていても本質を見抜ける人から見れば、まともでないが為にまともでない仕事にまた就く破目になってしまったと言うことが出来よう。で、結局、私は何処でもまともに扱ってもらえないんだわ。それは周りの人間が俗物から見れば、まともでも私から見れば、まともでないからであって結局の所、私はぐれるんだわ。はぁと亜沙美は深く嘆息した。そして痛切に思った。まともな人程ボッチになるんだわと。だから彼氏にするなら自分みたいにボッチでいい男がいいなあと強く望むようになった亜沙美は、思う所があるから男に掏摸を働く場合、品定めすることを忘れなかった。
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