天国

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天国

追いかけたコタローの姿は、河川敷から横にそれ、川べりの方へと下っていく。 明日香はその時、コタローを追いかけるのに必死で、足元を見ていなかった。でこぼこの岩に足を取られてつまずき、そのまま斜面を転がり落ちていった。 「そこから、記憶がなくなって、ロウたちに助けてもらったってわけ」 ロウとユノが息を呑んだ音が、ゴクッと部屋の中で小さく響いた。 「……たぶん、私も死んじゃったんだね。頭でも打ったんだと思う。たんこぶ、できてたし」 泣きながら無理にも笑った顔が痛々しく、ロウとユノはいたたまれなくなり眼を逸らした。 「この森、少しだけ覚えてる。薄っすらだけど、コタローが私の目の前を走り去っていったような気もするし。死んだコタローがいるってことは、ここは天国ってことでしょ。だから、」 明日香が、ふうっと息を整えてから言った。 「私も死んじゃったんだよ」 ✳︎✳︎✳︎ 「そんなわけあるか!!」 珍しいロウのツッコミだった。ユノの苦笑い。 「記憶が戻って、混乱してるってのもあると思うけど」 「あんだけメシを食ってるんだぞ。死んでるわけがない」 さらなるツッコミ。 「分かった分かった、分かったって」 「バナナだって、あいつひとりで何本食ったかっての……」 言いかけて、前を歩いていたユノの背中にぶつかる。 「おい、急に止まんなよ」 ロウが不服そうに言うと、ユノの耳がピクピクと動いてるのが、目に入ってきた。こんな時はいつも、ユノは何かの音を拾っている。 ユノが突然、歩き出した。 「先生っ、先生‼︎」 おい、何する気だ、ロウが声をかけたが、それを振り切って小走りで廊下の先へと向かう。 「先生、ちょっといいですか?」 声をかけられたシモン大師は、振り返ってユノを認めると、いつもの厳しくも優しい顔をこちらへと向けた。 「なんだ、ユノ。授業で分からないところでもあったか?」 ロウはユノに追いついて止まると、ユノの顔をチラッと盗み見た。 (余計なこと、言うんじゃねえぞ) 睨みをきかせたつもりだが、シモン大師を真っ直ぐに見つめているユノの視界には入らない。逆に、シモン大師にその険しい表情を見られ、ロウはさらに舌打ちした。 「先生、ちょっと訊いていいですか?」
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