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アシンメトリーワールド
「ねえロウ。ちょっと良いかな?」
授業が終わり、帰宅の準備をしているところだった。ロウはその弱々しい声で教科書をカバンへと入れる動作を止めて、顔を上げた。
声を掛けてきたのはひとつ歳上のユノ。薄茶色のクルクルとしたカーリーヘアの毛先が、あちらこちらへ跳ねている。
「なんだ? なんか用か?」
ユノはそのウェーブに埋もれている△な耳をピクピクと動かしながら、慎重に言葉を始めた。ユノはいつも、自分の感情をその耳にのせる。不機嫌そうな表情のロウの前だからか、少し緊張気味だ。
「今朝さあ、ボク学校に来る途中で、変なもん見つけちゃったんだけど」
「? ……変なもんって、いったいなんだよ」
「死体」
「え?」
「たぶん……生きた人間の死体」
「…………」
死体と言ってる時点で生きてないだろと、ツッコミたくなった。
それもあってかロウの黒く太い眉が、不穏な形に。だが、ロウの場合、それが通常運転。不機嫌丸出しは、いつもの表情だ。
「……ほっとけ」
「ほっといたら本当に死んじゃうよ」
「死体だろ?」
すかさず言い返し、ロウは呆れながら止めていた手を動かした。パックリと開いているリュックの口へと、体操服を無造作に突っ込むと、勢いよくジッパーを閉めた。
ユノはムッとした顔を返す。
「その時は生きてたの! ……ような気がするの!」
「そんなわけねえ」
ピシャッと遮られて、ユノも同じようにリュックに体操服を突っ込む。
「ねえ、木の枝かなんかで突っついてくれない?」
「やだ」
「いいじゃない、ちょっとだけだから!」
「突っつかなくてもわかるだろ? とっくに死んでる、」
「そんなのわかんないじゃん!」
けれど、ユノの主張はすぐさま否定される。
「わかるだろバーカ。人間が俺らの世界で生きていけるわけねえだろ? 人ってのはな、ここ獣人の国じゃあ……」
「わかってるよ! お互いの国に足を踏み入れたら、普通は生きていられないってことぐらいな! だから、国境のことをデッドラインって言うんだろ!」
「わかってるんだったら、バカみてえな話はやめろ」
「でも見たんだ。あれは絶対に動いてた」
「ありえねえ」
後輩の容赦のない即答に、ユノはさらにムッとした表情を見せる。
「ロウ、キミねえ。言っとくけどボクの方がいっこ歳上なんだぞ」
「はいはい大大大先輩、夢でも見たんじゃねえですか?」
確かに非現実的な話をしているのは自分の方だと思ったのだろう。ユノは説得を諦めて、リュックを背負った。
「でも……本当に、生きてた気がするんだ」
「バーカ」
さらにありえないと否定的な言葉を重ねる。
「もし仮にそうだったとしても学校に来る前のことだろう? 今なん時だと思ってんだ。そういうのは学校着いてから言えよ。 今さらなんなのおまえ?」
ロウは自慢のスレンダーな黒い尻尾をしっしとでもいうかのように左右に振ると、むすっと唇を尖らせているユノを置いて、教室から出ていった。
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