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「……あれ、あたしたちなんでこの公園に来たんだっけ。覚えてる?」  と、女が言った。 「んーと……あれ、なんだったっけ。オレも思い出せねえ」と隣にいる男が返す。  なんだっけなんだっけなと言い合っているカップルを見て、オレはほくそ笑んだ。うはは。成功だ。今日も記憶抜きは調子がいい。 「まあ、忘れるくらいだから、どうでもいいような、大した用事じゃなかったってことだろ」 「そうよね。ねえ、いい天気だし、このままちょっと散歩でもしようよ」  おー、お熱いことで。  何となく腹が立ったので、そのカップルの前ギリギリを横切ってやった。「おわっ」とか言いながら男がよろめき、かと思えばものすごい形相でオレを睨んでた。だが、追いかけても無駄と分かったらしくすぐ女に向き合い、今のことを忘れるように楽しげに離れていく。  全く、オレもしてみたいねえ、恋ってやつを。  なんてことを思いながらカップルの後ろ姿を眺めていると、気分がくさくさしてきた。せっかくイタズラが成功して気分が良くなったっていうのにイケないイケない。  これじゃもう一人くらいイタズラしないと、落ち着かないじゃないか。  そう思い公園内を見渡すも、平日の午後に人なんてあまりいない。いても老夫婦や赤ん坊を連れたお母さんくらいだ。オレの記憶抜きは人は選ばないが、そんな人を選んだとしても面白くない。もうすこし待てば学校帰りの学生や営業マンが通るであろうが、そこまで待つ気はならなかった。  と、その時。さっきカップルが向かった方角から、おばさんが一人走ってくるのがみえた。ランニングしているのではないのは明らかだった。ずいぶん遠くから走ってきたのか、顔はもちろん、着てる服まで汗だくである。  なにをそんなに焦っているのだろう。メイクまで流れているのに走るのをやめないなんて…………。  気になっちまうじゃんか。  オレはおばさんに狙いを定めた。  能力発動。 「……あら?」  記憶抜きは数秒で終わる。おばさんは足を止めると、今いる場所を確かめるようにキョロキョロと辺りを見渡した。 「……私、どこに行こうとしてたんだっけ?」  息を切らしながら頬に手を当て考え始めたとき、いまの自分の姿を思い出したらしい。年甲斐もなく汗だくになっているのが恥ずかしくなったのか急に顔を赤らめると、顔を隠しながら元来た道を走っていってしまった。  うはは。せっかく走る理由を忘れさせてやったのに、結局また、走らせちゃったな。  しかし、あのおばさん、なにをそんなに慌てていたのだろう。これがトイレに間に合わないだとかならケッサクなんだけどなあ。  おばさんが見えなくなったころ、オレは人気のない場所まで移動し、ベンチ裏の草むらに身を隠した。ゆっくりと集中し、さっきのおばさんから抜いた記憶を探す。  といっても抜いた記憶は他の記憶とだんだんと混ざっていってしまうため、完全に復元はできない。さっきのおばさんの顔を思い出しながら、四つ葉を見つけるような感覚で記憶を探っていく。  ……あった。  あのおばさんの顔を覚えていてよかった。結構遠目だったので怪しかったが、さっきの若者二人がおばさんとすれ違っていたのもあって、それを頼りに見つけることができた。  これを再生すれば、慌てていた理由もわかるだろう。  さてさて。 『ーーもしもし、タチバナです』  記憶は電話に出る所から始まっていた。ふーん、とすると、トイレではなさそうだ。誰かに呼び出されたのだろうか。  けれど、あんなに急ぐ用事っていったい? 『ああ、タチバナ君のお母さんですか?』  電話の相手は男性だったが、なんだか少し様子が変だった。機械を通しているような声だった。 『……そうですけれど、どちら様でしょうか?』
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