約束

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「ねえ、覚えてる? 私のこと」  君に初めて聞かれたのは高校の入学式のときだった。  幼稚園の卒園式で離ればなれになったっきり、十二年ぶりに再会したときのことだ。  子供同士の、つたない取るに足らない約束だったけど、きっちりとその日の情景ごと覚えている。  それから何度も同じ問いかけを君はした。 「ねえ、覚えてる? 私、誕生日だったんだけど」  再会して最初の年、夏休みの最後の日のこと。  もちろん、ちゃんと覚えていた。でも、君に何かしていいなんて、その時は思いもよらなかった。  だから、贈り物も、おめでとうも言えなかったことをよく覚えている。 「ねえ、覚えてる? ここ幼稚園の遠足で来たよね」  初めて二人だけででかけた日、君が坂の上の動物園に行きたいと言ったので思い出した。  君はパンダを見るのを楽しみにしていて、だけどその日パンダの機嫌が悪くて見られなかった。その代わりに大きなぬいぐるみを買って帰ったことを覚えている。 「ねえ、覚えてる? あれから五年経ったよ」  東京の大学に進学する君を、駅まで見送りに来たことを、あの日に伝えたかったことを何一つ言葉にできなかったこと、それからの空白のような五年間を、手に取って、責めるように君は言った。  その日初めて、君とお酒を飲んだことを今でもずっと覚えている。 「ねえ、覚えてる? くだらない約束したじゃん」  覚えてるよ。  でも、そんなことを覚えてるなんて、恥ずかしくて言えなかった。  覚えてないよ、なんのこと? 「そう。じゃあ思い出したら言ってね」  何を? 「くだらない約束」  …………。  覚えてるよ、本当は覚えている。でも、まだ言えない。
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