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閨の暇さえつれなかりけり
エレベーターは一切の音を立てるどころか、ほんの少しも揺れもせず目的の十四階へと昇っていく。
柊は未だに陽光に腕を掴まれたままだった。
位置が肘の辺りにまで下がっていたのを着ていなかったコートですっぽりと覆い、隠す。
さらに籠もった熱は柊の腕を伝い上がり、体中を駆け巡った。
まるで刑事に連行される容疑者の有り様だ。などと考える余裕は柊はもちろんのこと、陽光にもまるっきりなかった。
到着した階の廊下は左右共に、延えんと続いているかの様に柊には見える。
柊はこのホテルで大学生時代の丸まる四年間、名目上は『アルバイト』として行儀見習いをしていた。
それこそ数え切れないほどに行き来をした廊下だ。
そんなことは有り得ないのは、自分でもよく分かっていた。
濃い青色の絨毯敷きの廊下を左へと行く。
ちょうど真ん中辺りに位置する部屋が、今夜の柊と陽光との部屋だった。
部屋の鍵を用いて室内へと足を踏み入れた柊は、真っ先に照明をつけようとする。
ドアのすぐ横に在るスイッチへと手を伸ばしたその時――、陽光のがすっかりと重ねられた。
「陽光?」
振り返った柊の唇へと、――たった今自分の名前を形作ったばかりの唇へと陽光は口付ける。
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