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Let`s go to the Kyoto City Kyocera Museum!
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―――さて、大学三回生になると直面する大きな問題がある。それは、ズバリ「就活」だ。
俺は勧学院大学の社会学部三回生で推理小説研究会の会員。周りの人間からは「N先輩」と呼ばれている。三回生なので、本格的な就活はまだ先の話なのだが、世の中には「インターンシップ」というものがあり、ライバルとの差をつける為には参加必須のイベントである。殆どの学生が夏期インターンに行くといっても過言ではないだろう。
で、6月の半ば。俺はインターンシップの事前課題(エントリーシートや面接対策など)に追われ、自己分析やOB訪問、企業説明会で忙しい毎日に襲われ続けた。そして、ようやく落ち着いてきた6月末。一通りの事前課題を提出し、インターンの日程も決まりつつあり、やっと一息つける日が訪れた。幸い、今日は全休(大学の講義が一日中無い曜日のこと)なので、俺は推研の部室のソファーで戦士の休息をとっていた。
「N先輩! 此処に居たんですね! 丁度良かった! 京セラ美術館に行きましょう!」
突然、部室の扉が開き、文学部一回生の後輩、七条葵が顔を出す。折角、人が眠りかけていたのに……。相変わらず、騒がしい奴だ。
「うるさいなぁ……。ようやく、無事にインターン選考が終了して、やっと天からの休息の時間が与えられたんだ。ほぼ徹夜続きだったんだから、寝かせてくれよぉ……」
俺は欠伸をしながら文句を言い、毛布を頭から被る。しかし、コンマ数秒の早業で七条君が毛布を思いっ切り引き剥がした。
唯一の休息の友を後輩に攫われた俺は機嫌が悪くなり、悪逆非道を行った後輩を怒鳴りつける。
「おいっ! 何をする! 幾ら後輩でもやって良いことと悪いことがあるぞ! 眠っている人間の毛布を剥ぎ取るとは、君に人間の血は通っていないのか?」
般若のような顔をする俺の目の前に、七条君はずいっと二枚のチケットを突き出した。
「先輩! 一緒に行きましょうよ! 折角、同じ講義を取ってる友達からタダ券を貰ったんですよ! 期限が今日までなんですよ! 此処でタダ券を使わないで、何時、使うんです?」
「今でしょ……ってか?」
「古いネタをやってる暇があったら、さっさと起きてください!」
七条君は俺の腕を強く引っ張る。俺はその手を無理やり振り解き、彼に訊ねた。
「タダ券を貰って、期限が今日までで勿体ないことは分かった。だが、何故、俺を連れて行こうとする? 一人で見に行くなり、友達を誘って見に行くなりすれば良いじゃないか。俺は疲れているんだ。芸術を楽しむ余裕なんか無い」
その言葉に七条君は首を横に振り、再びチケットを俺の目の前に突き出す。俺はそのチケットに書かれている文面を読んだ。
『江藤終語の作品展。6月30日まで! 彫刻の扉を開いた方には、中に入っているお宝を進呈いたします』
「彫刻の扉? 何だコレは。京セラ美術館って、こんなチャラチャラしたイベントやるような軽い雰囲気だったか? 結構、厳かな雰囲気だったと思うが……」
俺が首を捻ると、七条君はチッチッチと指を振った。
「最近は何処の美術館もこういう攻めたイベントをやってますよ。それに、これは美術館がノリで企画したような軽いイベントじゃないんです。『お宝』っていうのも、美術館が作成したキーホルダーみたいな物じゃなくて、本物のお宝、何千万円ものお宝が手に入るんです」
この不景気に、妙に景気の良い話だ。怪しすぎる。しかし、七条君は確信を持っているかのように話す。そこに突っ込んで聞いてみると、七条君はあっさりと言った。
「だって、先週、この展示に行きましたから。チケットをくれた友達と二人でね」
(行ったんかい!)
と俺は心の中で突っ込んだ。一度行ったなら、わざわざもう一度行かなくたっていいじゃないか……。
「一度行って、謎が解けなかったから、N先輩に頼んでいるんですよ。その友達は四枚、タダ券を持ってましてね。最初は僕が誘われたんです。『推理小説研究会の会員だから、こういうのは得意だろ』ってね。僕と友達の二枚分の券を使って、謎を解きに行ったんです」
「ちょっと待て。謎解き? 『彫刻の扉』っていうのは、謎を解けば宝が貰えるシステムなのか?」
「そうですよ。言ってませんでした?」
聞いていない。「彫刻の扉を開いた方には」って言うから、てっきり力自慢を集めて重い扉を開かせるイベントなのかと思った。
七条君は話を続けた。
「江藤終語はアメリカ人で、アメリカで生まれながらも日本の美大で修業し、日本で様々な彫刻を作っている新進気鋭の芸術家ですよ。そして、特徴的なのは作った彫刻を美術館で展示する際に『お客さんが自由に手を触れても良い』というルールを作ったことなんです」
「へぇ、それは確かに珍しいな。美術品に手を触れちゃいけないのは当たり前のルールだからな」
「そうなんですよ。で、美術館の一室に幾つかの彫刻がまとめて置かれているんですが、問題はその中の一つでしてね。部屋のスペースを半分も使うほどに大きな彫刻で、円柱の台座の上に少年と少女、そして大きな扉の像が置かれているんです。少年の方は何かを探し求めるように右手を額の上にかざして、辺りを見回していましたね。少女の方は大きな鍵を両手で持っていて、大きな扉の鍵穴に鍵を入れようとしているんです。大きな扉の奥は立方体の箱みたいになってましてね。その彫刻の近くで案内をしていた学芸員さんによれば、そこに何かが入っているんだそうです」
彼の説明を聞き、ようやく合点がいった。
「あぁ、成る程! つまり、その扉を開くことが出来れば、中にあるお宝を手に入れられるってことか!」
その言葉に七条君は頷く。
「その通りです。円柱の台座の周りにはアルファベットが書かれたボタンが付いてましてね。それをとある規則に従って押せば、扉が開くように作られているのだとか……。で、学芸員さんが言うには、江藤氏が美術館のお偉いさんに対して『この扉の中には我々人間が無意識のうちに探している、何千万円の財宝に勝るとも劣らない宝が入っている。扉を開くことの出来たお客様が居たら、宝はその人にあげてくれ』と言ったそうです。だから、この企画を行っているらしいですね」
「で、二回目の再戦に俺を誘っているってことは……」
俺の言葉に案の定、七条君は悔しそうに顔を歪めた。
「えぇ、そうです。難しくて全く解けませんでしたよ。友達もさっぱり分かんないって頭を抱えちゃって……。で、僕が『推研にこういうのが得意な先輩が居る』って言ったら、『じゃあ、頼む! あと二枚、券が残っているからな! これで仇を取ってきてくれ!』って涙ながらにお願いされてしまって……。それに、僕もお宝は欲しいですからね!」
「いや、俺を巻き込むなよ! こっちは就活中なんだよ!」
「いいじゃないですか! 今は暇なんでしょ。一攫千金の夢を追いましょうよ!」
「頑張っても手に入らないお宝よりは、頑張れば手に入る一流企業の内定の方が大事に決まってるだろ! 確かに今は暇だが、暇な時に休んでおかないといざって時に動けないんだよ!」
「えぇ~、そんなぁ……。じゃあ、来てくれたら、よく僕の店に来てくれる一流企業の人事部の部長さんを紹介してあげますよ。これでも嫌だって言うんですか?」
「何と!」
彼の台詞に俺の耳がピクリと動いた。七条君の家は下鴨にある老舗の高級料亭だ。そこによく来るということは、とてつもない大企業の社員さんに違いない。持つべきものは実家が高級料亭の後輩である。俺の気は完全に変わっていた。
「よし! 行くぞ、七条君! 急がないと置いていくぞ!」
「何ですか! 急に張り切り出して、現金な人ですね!」
そんなこんなで、俺達は意気揚々と京セラ美術館へと足を運んだ。
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