(番外)ミカドゲーム

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 打算、妥協、利害の一致。どれも上等。愛や情が後ろからついてくれば、なお良い。大人と大人の関係など、そんなものだろう。  だからこそ栄にとって利用価値のある人間で居続けること。それは現在の羽多野にとって重要なテーマだが、それにしても——。 「俺もまだ、修行が足りない」  余裕がない栄の「その気じゃない」に配慮することは覚えた。だが、その先が足りなかった。 「修行?」  甘さの混じりはじめた声が、聞き返す。 「そう、谷口くんだって、疲れてるけどやりたい夜くらいあるよな」 「だから、さっきからあなた一体何を勘違い……」 「風呂から出て、俺の部屋のドアが閉まってるの見て、がっかりした?」  すっかり濡れそぼった耳たぶから唇を離し、羽多野は昨晩自分の知らないうちに密かに繰り広げられた光景を思い浮かべる。  一週間分の疲れで体はずっしりと重いが……だからこそ、人肌が恋しい夜。もしかしたら後でシャワーを浴び直すことを予想して、バスルームから出てきた栄の髪は微かに湿っていたかもしれない。その後の行為を思い浮かべ、念入りに洗い清められた体。昼間使うフレグランスより甘さが強いボディローションの香り。  ドアが閉じたていることに気づいたときの落胆。いや、苛立ち、怒り? もしかしたらドアの前に立って少しくらい悩んだだろうか。しかし、ドアの開け放たれた寝室を訪れることが当たり前になるまでにも葛藤があったであろう栄が、こともあろうか閉じたドアをノックして「抱いてくれ」など。  そろそろ獲物を追い込む時間帯。羽多野は栄の両頬を撫でるように包み込んで無理やりのように視線を合わせた。大丈夫、潤んだ瞳は昨晩から燻ったままの熱をはっきりと意識している。 「がっかりなんかしてないし、ドアが閉まっていることも知りませんでした。疲れてたから昨晩はぐっすり……っ」  答えにくい質問への回答を迫られて、苦しい言い訳を紡ぐ。その唇に噛みついた。  嘘つきで強情で憎まれ口ばかり叩く唇は、いつだって甘い。平日にも許される軽いキスや戯れとは明らかに異なる前戯としてのキスならば、とりわけ。  羽多野の「誤解」を正さないまま流されることへの抵抗からか一瞬体を硬くした栄も、引き結んだ唇の力を緩める。ウイスキーの苦味と、廉価品チョコレートの甘さが唾液越しに伝わっただろうか。  ポッキーゲーム? そんな子ども騙しより、こうして互いを直接味わう方がよっぽどいいに決まっている。今ごろ虚しく街を歩いているであろう顔も知らない男を思い浮かべ、羽多野は勝ち誇った。
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