みかこ。

1/5
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ

みかこ。

「で、そこから先はマジで地獄絵図だよ」  食事の時、会話が盛り上がらないと辛い――僕の友達に、そう嘆いていた奴がいる。合コンに行って、いいかんじの女の子と出逢ったからレストランに行ったのに、いざ話してみるとちっとも話が合わなくて辟易したとか。逆に自分が緊張しちゃって全然喋ることができず、好みのドストライクだったのに結局バイバイすることになっちゃっただとか。  過去は僕も同じことを思っていた。会話のキャッチボールは大事だ。どちらかが黙ったままでは、美味しい食事も楽しめないと。だから付き合うなら寡黙系の女子は嫌だし、かといって煌びやかなファッションの話ばかりする女子も苦手だ(だって僕はゲームのオタクで、それ以外にロクに話せる話題なんてないのだから)。ついでに僕がアガってしまってしどろもどろになってしまうほどの美人も苦手。高嶺の花ってタイプは遠くから見ているだけがいい――そう、考えていた筈だったのである。  彼女と結婚するまでは。  黒髪が美しい、僕のエンジェル。美香子(みかこ)は今日も僕の話を頷きながら聞いてくれる。 「まさかあの部長がさあ……酒にあんなに弱いとは思ってなかったよ。しかもオッサンのキス魔とか誰得だっつーな。……いや、あれは酒に酔ったフリをして、若いツバメとやらを狙ってるだけなのか?よくよく考えてみれば抱きついてたのもキスしてたのも俺達二十代の社員ばっかりだったよーな……?」 「んー?」 「……すみません美香子サン。睨まないでください、キスされたの俺じゃないんで!俺は美香子さんだけのカラダなんで!俺はちゃんと逃げたから安心して、ね?」  無口だけど嫉妬深い彼女に睨まれて、僕は慌てて首を振った。  彼女は殆ど相槌を打つくらいで、僕の話に口を挟んでくるようなことはない。それでも僕は、黙って僕の話を聴いてくれる彼女が好きだったし、そんな彼女に会社の愚痴やらオタクな話をして聞かせるこの時間がたまらなく好きなのだった。料理を含め、家事が得意なわけではない。今日のキノコパスタも僕が自分で作ったものだ。それでも良かった。彼女が僕と一緒にいてくれる、それだけで幸せなのである。惚れた弱みとはまさにこういうことを言うのだろう。 「で、話の続きなんだけど。部長があんまりにも暴走するもんで、ついに課長が立ち上がったわけ。いやほんと、物理的に。それで、“部長、すみませーん!”って言いながら水ぶっかけてね?……やりすぎに見えるかもしれなかったけど、そんくらいやらないと止まらなかったよ、あれ。パワハラはもちろん、セクハラってのは同性間でも成立するもんだしさあ。部長、仕事ではしっかりした人だから、こんなことでクビになっちゃうのはあんまりにもしのびないしね……」  会社は近いし、始業は朝の十時だ。おかげで僕は朝からまともな料理を作って、彼女と一緒に食事と会話を楽しむことができている。  結婚は人生の墓場、なんて一体誰が言ったんだ。  先人の言葉にも、アテにならないものはあるものである。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!