とんだ間違い

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昔話をしていると、大概この人も俺も馬鹿だったなあ、と思う。金が欲しくてなんでもやったし、昔の早川は短気でちょっと気に障ることがあればどんなにうまい話だって台無しにしてしまう。なだめるのは若い三木、でもそれがいつのまにか先頭をきって無茶をやるのが三木、後方で指示を出しつつ、三木をなだめるのが早川という布陣が完成してからは、そんなことがなくなった。これがまた時代にあっていたようで、今の仕事がなかなかのものだから、昔を思い出すことがなくなった。よこしまな思いだけが残って、それもグラビアアイドルを冷やかす気分だけ、解っている。きっと自分は手を出さない。下品な感性だが、元々真面目だ。そんなことを、すれば身の破滅だってことは解っている。だからこれは片思いでもなんでもなく、目の保養として早川を観察しているだけだ。 (ふふ、俺はつくづくストイックな男だぜ) と、妙に達観した気分で薄笑いを浮かべていると、早川がよし、背中を流してやる、ととんでもない事を言った。 余計なお世話とはこのことだ。今でも変態臭い思考をおさえるのに必死だのに、このおやじは何を言っているのか。三木はひきつった頬を必死に撫でながらぎごちなく微笑んで辞退する。 「い、いやあ、早川さんにそんなことをしてもらっちゃ他の奴に申し訳ねえ」 「俺がやりたいんだからいいだろう」 「俺がヤりたくなっちまうからよしてくださいよ」 「ん?」 「わわ、なんでもござんせん、とにかく俺はこれでおいとま」 「そう言うなって。俺に恥をかかせるなよ」 一回やると決めたらやる男だ、だけどこちらもあんたの貞操をどうにかしちまいそうなんだ、そんな事を叫びたい三木を早川は問答無用で脱衣所に押し込んだ。早川はまるで気がついていない。彼にとってはなんというか、単なる遊びの延長なのだ。普通に考えるならばホテルで男二人お風呂に入るなんて拷問じゃないか。でも労をねぎらうために、と彼は言う。それこそ三木にとって拷問なのだけれど。 人はそれぞれの事情がある。三木は渋る、顔が梅干みたいに皺がよっている。このホテルのバスルームは広い。ビジネスホテルのようにトイレと浴槽が一緒になっていない。女と男がいちゃこらやってもあまりある面積。ほら、恥ずかしがっていないで脱げよ、と早川がバスローブを脱いだ。 するっと、脱げる。逞しい体が目の毒だ。特に男の象徴あたりに目が自然に引き寄せられる。これは無防備だ、ノーマルの男だってボディコン姉ちゃんがいきなり全裸になって一緒にお風呂に入りましょうよん、とか誘ったらこれはヤらなきゃならんな、と生唾飲むシチュエーション、だけども三木にとっては拷問の場面、生殺しだなあ、と苦々しい顔で首を振る三木を早川は勘違いしたらしい。 「どうした男と風呂に入るのがそんなに嫌か」 「いや、そういう訳じゃあ」 「顔に書いてあるぜ、お前って奴は昔から嘘がつけないやつだからな。そういう所が気に入っているんだが、今日ばかりは俺の我儘に付き合ってくれ、それに昔のように兄貴と、呼べ。どうもお前の口から社長だの組長だの聞くとむず痒くって」 顔に書いてあるのは間逆のことである。願わくば俺の息子よ、耐えてくれ。 今元気になっちゃあまずいんだからな、と言い聞かせながら思い切って脱いだ。早川の肉体がどっしりとした重量感のあるものであるとしたら三木は無駄のない体だ。飢えた何かが体のどこかに存在していて、いつでも獲物に飛びかかることができる野性味がある。いい体だな、と早川が触れると三木が照れる。 「俺なんか恥ずかしいですよ、どうも見栄えがしない体で」 「そんなことあるもんか、男の体というのはな、女の顔よりすっぴんだぜ」 「そういえば兄貴はちょっと肥えましたか」 「そうなんだ、やっぱり年かな」 はっは、と笑い合いながらバスルームに入る。その態度に微塵もエロスがなくて三木は少しホッ、とする。これならなんとか耐えられそうだ。浴槽には温かな湯がはってあって、きっと女といちゃこらしたくって早川がやったんだなあと思うと切なくなった。どうやらミキちゃんは最近冷たいらしくって、あまり会っていないんだそうだ。やくざ者が怖くないだなんて今時の娘は図太い。というよりも怖いもの知らずだ。
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