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0 アヴァン
「老板! 老板!」
俺を呼び止める40代と思しき少々太った女性。
福建訛りで俺の左腕に絡んで、人波よりも、幾分早めに歩く俺を強引に止めると、
「小姐! 小姐、要不要! 観一下、好不好?」
いやらしく俺に視線を送って来た。
「不要!」
深圳特区……
大陸への玄関口罗湖总站 の入国審査を抜け出た出口の大通りを西進し、人でごった返す30m幅ほどのデカい歩道で、外国資本のチェーン店が立ち並ぶ目抜き通りの、真昼間の喧騒のなか、俺を捕まえた客引きの女に、この国の流儀とばかりにきつめの挨拶をくれてやった。
その前方、50mにある片側6車線、往復12車線を跨ぐ歩道橋の上でそんな女を見つめる男二人が俺の目には見えていた。俺の視界には行きかう雑踏の中、恐らく1000人規模の人間が見えているが、その道行く奴らに目立った変化はない。俺と女のやり取りなどそこには無いも同然、全くの空気、無の中の一つ。
ただ、そいつらは、そいつらだけは違っていた。その女と俺の動きを注視していた。
公安だ。
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