狐の嫁入り

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 彼女との出会いは衝撃的なものだった。輝く黒髪に陶器のような白い肌。無理やり大学の先輩に連れてこられた、有名だが怪しい宗教団体の主催するセミナーに、彼女は存在していた。僕がよっぽど暗い顔をしていたのか、彼女から話しかけてくれた時、一刻も早くこの胡散臭い場所から立ち去りたいと思っていた僕の心が一瞬にして柔らかくなったことを覚えている。簡単に言ってしまうと、俗に言う一目惚れというやつだった。 「どうも、初めての方ですよね? ただの自己啓発セミナーですから、あまり難しく考えないで気軽に参加していってくださいね」 彼女は優しい笑顔で僕にそう言ったのだ。この笑顔に、自己啓発セミナーっていうのが余計怪しいんだよ、という言葉が頭から消え去った。そして僕は彼女に気に入られたいなんてことを考えてしまって、思ってもいない言葉をポンポンと口にしていた。 「あっ、はい。いやあ、楽しみにしてたんで、大丈夫です。あの、これからいろいろ教えて頂けたりしたらな、なんて……」 我ながらいきなり何を言っているんだと言いたくなるが、この時はそう言わなければ彼女との接点が消えてしまうという事実の方が怖かった。しどろもどろな僕の言葉に彼女は少し驚いたような表情をしていたが、すぐにまた優しい笑顔で快諾してくれた。もちろんですよ、と言う彼女はそれはもう可愛かった。  そうして連絡先も交換し、内容は宗教団体のことが主ではあったけれど、頻繁にやりとりをするようになった。宗教の自己啓発セミナーは正直意味不明なところが多かったが、とりあえず彼女に話を合わせるようにしていた。 「今日のセミナーは少し難しかったですね。僕にはちょっとハードルが高いというか……」 「大丈夫ですよ。神に祈りを捧げることができれば。神と唯一通じ合える教祖さまの仰ることを守れば理解できるようになります」 「そ、そうですよね! あの、じゃあ今日のセミナーのこの部分なんですけど聞いてもいいですか?」  全く宗教団体や、セミナーに興味を持つことはなかったが、しばらくやりとりを続けていくと、2人とも実家で猫を飼っていたりとほんの少しだが共通点も見つかった。宗教の話についてはほとんど嘘で乗り切ったが、なんとか楽しくやりとりを続けられていた。  宗教のセミナーで会うことはあったが彼女はスタッフ業務で忙しく、なかなかゆっくり話せないため今度カフェででも会わないかと、僕は勇気を出して連絡をしてみた。もしかしたら二人きりで会うのは嫌がられるかもしれないと不安だったが、返事はすぐに返ってきた。 「もちろんです。ゆっくりお話しできるのを楽しみにしています」 その日は変に興奮してよく眠れず、初めて大学に遅刻したのだった。
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