1.ヒーローは突然に

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1.ヒーローは突然に

私立月城学園中等部に入学して、1ヶ月が経った。 普通だったら、そろそろ学校に慣れてきてもいい頃なんだけど…… 「げ~、今日掃除当番だった!」 「繭子、これから雑誌の撮影じゃなかった?」 「うん、どうしよう……表紙の撮影だから絶対遅れるなって言われてるのに」 「代わってあげたいけど、私もこの後レコーディングなんだよね。彩佳は?」 「あたしも今日はドラマの撮影」 雑誌、レコーディング、ドラマ。 教室では、非日常の華やかな会話が飛びかってる。 でもこれはこの学園の日常。月城学園は、芸能人が通う中高一貫の学園だから。 みんな忙しくて、当番をするのも大変そう。こういうときは、ヒマな一般人の出番だね。 「私、当番代わろうか?」 「えっ、藤崎さん。いいの?」 「うん、私ヒマだから」 「ありがとう~! 私が仕事ないときは絶対代わるからね」 「良かったね、繭子」 「藤崎さん、優しい~」 ワイワイと賑やかに、3人は教室を出て行った。 私、藤崎結來(ゆうら)はこの学園唯一の非芸能人。ごくごく普通の一般人だ。 学園中どこを見ても、周りはキラキラした芸能人ばかり。かわいい子と美人の子とイケメンしかいない。 みんな大人っぽくて、この前まで小学生だったなんて信じられない。 そんな中で、平凡で子供っぽいブスの私が馴染めるわけない。浮いてる自覚はある。 だから、率先して先生の手伝いをしたり当番をやったりしてるんだよね。そうでもしないと、この学園に私の居場所なんてない気がして…… ううん、そんなこと入学前からわかってた。 私は友達も恋人もいらない。頑張って勉強して良い会社に就職して、家族を助けるんだから。 掃除道具入れからホウキを取り出す。 そういえば、掃除当番が繭子ちゃんだけってことはないよね? 他の子も帰っちゃったのかな。みんな忙しいもんね。 まあいいや。掃除は慣れてるから。 「手伝うよ」 突然声がして、振り返るとそこに立っていたのは―― 「綾瀬、くん」 「藤崎さん1人で当番やってんの? 大変だろ。俺も手伝うよ」 真っ直ぐな黒髪に、目鼻立ちが整った優しい笑顔。クラスメイトの綾瀬咲弥(さくや)くんだ。 まともに話したことはないけど、毎朝私に「おはよう」と声を掛けてくれる。放課後は「じゃあな」と手を振ってくれる。 一般人の私をちゃんとクラスメイトとして認識してくれてる。名前まで覚えてくれてるなんてビックリ。 「大丈夫だよ。私ヒマだし、掃除嫌いじゃないから。綾瀬くんは忙しいでしょ」 「仕事は夜からだし、時間あるから。2人でやった方が早いだろ」 と言って、綾瀬くんはさっさとホウキを取って掃除をし始めた。 綾瀬くん優しいから、私が1人でノロノロやってるの見てられなくなったのかも。なんだか悪いことしちゃった。夜からお仕事なら、それまで遊んだり休んだりしたかったはずなのに。 何を話していいのかもわからなくて、無言のままゴミを集めてゴミ箱に捨てる。もうゴミ箱はいっぱいになっていた。 「焼却炉持って行かないとだな」 「そうだね。後は私がやるよ」 「こういう力仕事こそ俺がやるから」 「でも……」 綾瀬くん1人に押し付けるのは悪いなぁ。私が引き受けた当番なのに。 「じゃあさ、ゴミ袋は俺が持つから、藤崎さんはあっちの資源ごみ持ってよ。あれも持ってくんだろ?」 「わ、わかった。それじゃ、お願いするね」 先生の机の横には、授業で使ったプリントの余りがまとめてある。資源ごみとして回収して、リサイクルに使うらしい。 綾瀬くんがゴミ袋を、私がプリントの入った段ボール箱を抱えて教室を出た。 男の子と並んで歩くのって緊張する。しかもあの綾瀬くんと。 「綾瀬くん、大丈夫? 重くない?」 「これくらい平気だって。俺、最近鍛えてるから」 「あ、そっか。侍戦士だもんね」 「藤崎さん、知ってんの?」 綾瀬くんが目を丸くした。 『侍戦士リュウノスケ』休日の朝にやっている特撮ヒーロー番組だ。 綾瀬くんは主役のリュウノスケを演じてる。シリーズものとして長年放送されてきた番組だけど、綾瀬くんは最年少ヒーローとして話題になっていた。 「弟が好きだから一緒に見始めたんだけど、今は私も妹も夢中なんだ」 「マジで? 嬉しい。あんま学校で見てるって人いないから」 綾瀬くんが顔をくしゃっとさせて笑った。 「撮影大変でしょ。アクションもいっぱいあって」 「大変だけど楽しいよ。俺、ヒーローに憧れてこの業界入ったから」 「すごい! 夢を叶えたんだね」 夢って大人になってからの話だと思ってたけど、同い年の綾瀬くんがもう夢を叶えてるなんて尊敬しちゃうよ。 でもこの学校ではみんなそうなんだよね。アイドルになって、歌手になって夢を叶えて、それでも努力してる人がいっぱいいる。 「特撮の撮影って朝早くてさ。夜までぶっ通しなこともあるし、雑誌の取材とかイベントもあるから忙しくって」 「そういえば、最近遅刻や早退多いもんね」 「そうそう、勉強してるヒマもなかなかないんだよ。俺、仕事してるからって成績落としたくないのに……」 理事長先生は文武両道を掲げてるみたいだけど、芸能人をしてるみんなにとって、それは大変なことだよね。 「藤崎さん」 綾瀬くんが足を止めて、私に向き直った。 「俺に勉強教えてくれない?」 「え、私が?」 「もうすぐ中間テストだろ。でも俺授業あんま出れてないから、勉強できてないんだよ」 「じゃあ、教室戻ったらノート貸すね。あ、でも私の字ヘタだし、見にくいかも……」 「ノートじゃなくて、一緒にテスト勉強してほしいんだけど」 え!? 私と綾瀬くんが一緒に!? 「テスト勉強なら、私より他の子に頼んだ方が……」 「そんなことないって。藤崎さん、特待生なんだろ」 月城学園の入学条件は「芸能活動をしていること」。 そんな私が入学できたのは、今年度から特待生制度が始まったからだ。 「これからは文武両道。学力にも力を入れていく」という理事長先生の発案で、特待生試験に合格すれば一般人でも入学できるようになった。 私はその特待生第一号。 「俺の友達みんな勉強苦手だから、頼れるのは藤崎さんだけなんだよ。頼む!」 綾瀬くんが両手を合わせた。 人に勉強なんて教えたことないし、自信もない。 けど、綾瀬くん本当に困ってるみたいだし、せっかく頼ってくれたなら力になりたい。 「上手く教えられないかもしれないけど、それでもいい?」 「やった! ありがとう!」 綾瀬くんがパアーッと笑顔になった。 そんなに喜んでくれるなんて、よっぽどテストが心配だったんだな。芸能人って、やっぱり大変。
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