隠れ猿飛佐助

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 朝に書を友とし、昼に猿を友とし、夕に女を友とす。その所以は?書は読めば賢くなるとは限らずも少なくとも読まずに阿呆の儘でいるよりましで、猿は最悪の猿でも最善の人間より悪を行うこと少なく、女はどんな玉でも猿の雌より美しい。序に言えば、晩に酒を友とす。その所以は?酒は命の水なり。が、盗んで来た酒を浴びる程飲みながら、「男が酒を飲まなくなった代わりに女子供の様に甘い物を好み平気で食うようになった。それというのが大の男が喜んで甘い物を食うのはカッコ悪いという概念、もっと言えば苦み走った見るからにいい男は絶対そんなみっともない真似はしないという概念がなくなったからだ。その背景にはジェンダーを失くそうとする動静があり、男はこうでなくてはいかん女はこうでなくてはいかんという拘りが無くなり、男と女が良く言えば平等になり、悪く言えば男らしさ女らしさを失って行く傾向がある。嗚呼、嘆かわしい限りだ」と嘆く。この場合によらず何かとこの世を嘆く。  世を避けて蟻の塔渡り等登山者にとって難所の多い戸隠山に隠棲する修験者。人呼んで猿飛佐助と言いたいところだが、人々は彼の姓名はおろか居所すら知らない。ま、本人が好き勝手に自称しているだけなのだが、その名が示す通り猿宛らに木登りが得意で、それこそ雲を突くような大男の癖に雲より軽いかの如く木から木へ飛び回れる。面妖なことに猿たちと戯れながら猿の良いとこ取りで猿化したのだ。だから、いざ人から逃れようとする時、近くに林でもあれば、水を得た魚のように木々を利用して難を逃れるのである。これ即ち狸がくれ。木遁の術の一つだ。これはほんの一例で遁術すべての極意を会得しているから女を攫うべく山から下りる時なぞは五遁の術を場合場合に応じて臨機応変に使い分け、目的を果たすのだ。  或る時なぞは単独で行動する女を攫うのは手もなくてつまらないというのでデートしている女を攫おうと、まずは長野市内の宝石店に忍び込み、土遁の術の一つである鶉隠れの術を使って気配を消して店員に存在を悟られない儘、幾つもの宝石を掠め取り、その後、カップルが何組も歩いてそうな目抜き通りにやって来て土遁の術や木遁の術で以て身を隠しながら綺麗どころはいないかと探し回る内、飛び切りいい女を見つけたのでこりゃいいとばかりに物陰から飛び出して隣で得意げに歩く男を尻目にいい女を怪力任せに神速で掻っ攫うや、宝石をばら撒きながら韋駄天走りに逃げて行った。  すると逃げられた男は追っかけるどころか宝石に目移りしてしまい、一つ宝石を拾うと、欲が嵩んであれもこれもと拾ってしまったので追おうとした時には佐助らの姿を完全に見失ってしまった。浅ましいばかりに追っかけず仕舞いになってしまった訳だが、この宝石が大金になる所以から金をおとりにして逃げ果せることを金遁と言い、これも五遁の術の一つだ。
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