417人が本棚に入れています
本棚に追加
/146ページ
*****
週明け。海李子は雨雫がしたたるビニール傘を閉じ、マリアージュ花篝の1階フロアの傘立てに入れた。
「はよ」
「……お、はよう、ございます」
海李子が振り返ると、濡れた紫崎がふてくされた顔で立っていた。
「……急に降ってきたけど、お前は準備いーな」
「はい、予報では80%でしたから」
「予報とか見ねぇつーの」
「見ないから濡れるんですよ?」
海李子が微かに笑うと、紫崎はスルッと緊張をほどいた。
「……あー、えー、この前の俺が提案してたデートのことだけど」
紫崎は頭をかきながら、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「ほら、お前の仕事のためつって言ってたけど、俺のためでもあったわけ。デートのプランニングはもう俺が組まなくても、深沢と考えるだろーから、もう、ナシな」
こくんと海李子は頷き、紫崎の顔を見上げた。二重の丁寧な瞳は淡く揺れ、威圧感も、バカにした様子もない。
「紫崎くんから仕事を教えてもらえないのは残念ですが……、」
「残念とか言われると、諦められねぇから、やめろ」
真剣な瞳を向けられ、海李子は怯まずに見返した。
「はい、そうですね。……昏くんとは、その、上手く……」
「口に出さなくていいつーの」
呆れたように紫崎は笑いひらりと手を上げた。
「ダメ押しのダメ押しはもういらねぇわ。……困ったことがあれば言え。しばらく、仕事に専念する。やり始めたら、細かいところまで気になって、金儲け以上の楽しみが俺の中で見つかったかも。……業務改善案なんて、次々浮かぶわ。今更だけどな。……みーこ、婚活アドバイザーの服、制服にした方が仕事にメリハリでねぇか?」
海李子は自分の着ていた服を窓ガラス越しに見た。
ホワイトのオーバーシャツにブラックのパンツスーツ。ローヒールは底が歩きならされ、擦り切れている。
「はい、制服になれば、と考えたことはあります」
「じゃあ、決まり。次の提案はそれでーーー
「はんたーいっ! 一志くん、それはお洒落のモチベを下げる行為だからね」
ゆゆはが海李子と紫崎の間に割り込む。
最初のコメントを投稿しよう!