ep.10 ワーカーホリックに愛を囁けば

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*****  週明け。海李子は雨雫がしたたるビニール傘を閉じ、マリアージュ花篝の1階フロアの傘立てに入れた。 「はよ」 「……お、はよう、ございます」  海李子が振り返ると、濡れた紫崎がふてくされた顔で立っていた。 「……急に降ってきたけど、お前は準備いーな」 「はい、予報では80%でしたから」 「予報とか見ねぇつーの」 「見ないから濡れるんですよ?」  海李子が微かに笑うと、紫崎はスルッと緊張をほどいた。 「……あー、えー、この前の俺が提案してたデートのことだけど」  紫崎は頭をかきながら、ゆっくりと言葉を選ぶ。 「ほら、お前の仕事のためつって言ってたけど、俺のためでもあったわけ。デートのプランニングはもう俺が組まなくても、深沢と考えるだろーから、もう、ナシな」  こくんと海李子は頷き、紫崎の顔を見上げた。二重の丁寧な瞳は淡く揺れ、威圧感も、バカにした様子もない。 「紫崎くんから仕事を教えてもらえないのは残念ですが……、」 「残念とか言われると、諦められねぇから、やめろ」  真剣な瞳を向けられ、海李子は怯まずに見返した。 「はい、そうですね。……昏くんとは、その、上手く……」 「口に出さなくていいつーの」  呆れたように紫崎は笑いひらりと手を上げた。 「ダメ押しのダメ押しはもういらねぇわ。……困ったことがあれば言え。しばらく、仕事に専念する。やり始めたら、細かいところまで気になって、金儲け以上の楽しみが俺の中で見つかったかも。……業務改善案なんて、次々浮かぶわ。今更だけどな。……みーこ、婚活アドバイザーの服、制服にした方が仕事にメリハリでねぇか?」  海李子は自分の着ていた服を窓ガラス越しに見た。  ホワイトのオーバーシャツにブラックのパンツスーツ。ローヒールは底が歩きならされ、擦り切れている。 「はい、制服になれば、と考えたことはあります」 「じゃあ、決まり。次の提案はそれでーーー 「はんたーいっ! 一志くん、それはお洒落のモチベを下げる行為だからね」  ゆゆはが海李子と紫崎の間に割り込む。
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