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「ごめん」
――また来た。今日はどんな人だろうか。
辺境での生活を始めた私のもとには、毎日のように珍客が現れるようになった。
弥生時代だか古墳時代っぽい出で立ちの人物に僧侶や神官。時々、大昔のエジプト人やインド人みたいな人たち。
彼らは、忽然と現れて自分のことを語り、忽然と消える。
今日は、武士っぽい人だった。
大河ドラマの戦国時代の人のような姿……もしかしたら、もっと前の時代か。
「何の用ですか」
お互いに当時の言葉なのだか、なぜか私には相手の話す内容がわかるのだった。私が話した言葉もおそらく、先方に通じているのだろう。
「探していたものを見つけた」
「ここにあるのですか」
「ああ、お前だ」
「は?」
「我々の一族のことを書き残してほしい」
「言っている意味がわかりません」
「我々は古い一族だ。……それはそれはとても。だが、そのことを知る者は少ない」
「なぜですか」
「たびたび、我々の力をおそれる者たちによって記録が奪われ、あるいは、改竄されてきたからだ」
「……」
「そこで、我々はある一定の期間をおいて記録係を選定している。そして、このたびはお前が選ばれた」
「……拒否権はありますか」
「ない」
「なぜですか」
「わからぬのか……お前は我が一族の血を引く者からだ」
私は小さい頃からSFが好きだった。タイムスリップ、パラレルワールドを描いた作品が特に好きだった。しかし、そこに出てくる主人公たちというのは、超有名な歴史上の人物に頼まれて、ともに、未来や世界を変えようとたくらむ悪者たちと戦ったりする。
それなのに自分はどうだ。わけのわからない武士のオッサンから記録係になれって……限りなくしょぼい。
いや、ちがう、問題はそこではない気がする。
「私はただのサラリーマンの子です。すごいお屋敷とか、巻いてある家系図とか、お金も地位もまったくないですからね」
「我々の一族はそういった類には縁はない。彼らとは使命が違う」
「だったらなおさら、何を記録するのかもわかりません」
「いや、できると判断して、我々もお前を記録係に選んだ」
「何をしたらいいのかもわからず、引き受けるわけにはいきません」
「……いずれわかる。我々は来るべき時に向けての準備を急いでいる。今に乱世が来る。我々の能力は乱世においてもっとも発揮される。記録もそこでなされてきた」
「〝平成〟の世に乱世って……」
「いいか、確かに頼んだぞ」
あ、待って、まだ聞きたいことが――という前に男の姿は消えていた。
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改元がなされ、新種のウィルスによって社会が一変した年に、私は長く携わっていた仕事を辞めることとなった。だが、それは同時に〝社畜〟からの卒業でもあった。収入はおそろしく減ったが、慎ましく生活できている一方で、自由になる時間が増えた。
ある時ふっと、忙しい時に買うだけ買って読まないでいた本を整理した。そして、その中から、日本のある時代ある時代の、まるでSFのような不思議な物語の数々が収録された本を見つけた。
それを読んだ次の日から、私は、憧れていたSF小説を真似した作品を書き始めていた。今いる世界だけが〝現実〟ではない、そうしたストーリーが昔も今も大好きだ。
書くたびに私は気づくのだった。――場所にも時間にも制約を受けない、目には見えないけれども確かに存在する、〝言葉〟によって無限に広がる世界があることを、私は〝知って〟いることに。
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