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 オペラ歌手のファンたちは、美しい歌声とスキャンダルを大いに好む。  その影響か否か、我々に依頼を持ち込んできたドルトー氏は『密会をするためだけに使用できる』という会員制秘密クラブの一席を、待ち合わせ場所に指定してきた。 「リ・ローデンです。彼はわたしの所有者、ヴィリアム・ハイカー」  ローデンが我々の紹介ともにクローン証明証と探偵許可証を提示すると、ドルトー氏は大いに憤慨した。 「わたしは人間の探偵を雇ったのだ! 複製人間(クローン)風情を呼んだ覚えはない」  まくし立てたドルトー氏に対して、ローデンはおとなしく許可証をスーツの懐にしまうだけだ。  氏は、いったい我が探偵事務所の噂をどのように聞き含め、どのような事業所と解釈したのだろうか。  ローデンの座る一人用ソファのかたわらに立ちながら、おれは我慢がならなかった。ここで怒らずしていつ怒るというのか。 「こちらとて、クローンに対する嫌悪感にまかせてローデンを『クローン風情』と呼ぶ者の依頼を受ける義理はありません」  ドルトー氏は目を白黒させた。ひとこと怒鳴り散らせば人間の探偵が出てくるものと思っていたのかもしれない。 「どなたから我々の存在を聞き及んだかは存じませんが、我々はクローンによるクローンのためのクローン探偵事務所です。ご立派な倫理観を持つあなたがクローンがらみのご依頼をどうしても人間相手に解決して欲しいのであれば、せいぜい心優しい探偵事務所を探し当てることですね。では失礼」  ローデンの肩を指先で叩く。 「帰ろう」  ローデンは大人しく立ち上がり、ドルトー氏に背を向けた。 「ま、待ちたまえ」  恰幅の良い体を俊敏に持ち上げた氏は、テーブルの上のスコッチグラスを盛大に倒した。 「先ほどの無礼はお詫びする」
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