仮面夫婦

'性格より顔の方が大事よ。'
ふと、香奈子の言葉を思い出す。
同窓会で久しぶりに再会した香奈子は八年前に一度、仮面結婚し離婚していた。仮面結婚した事を失敗だと思っているらしく、散々その台詞を吐いてきて、元旦那の素顔の写真まで見せられた。写真に映るニンニクのような鼻でじゃがいものような肌の男は、確かにお世辞にも良いとは言えない顔つきではあったが、内面を知らないのでなんとも言えなかった。仮面結婚をしている私が愛想笑いしかできずにいると、近くにいた貴弘が、'俺も仮面結婚したいと思っている'と私の味方をしてくれたので安心した。貴弘は顔が良いので仮面なんて付けたら勿体ないと思うが、顔が良いがための悩みがあったらしい。
それから数ヶ月後、香奈子と貴弘が付き合ってるというのを聞いて何だか裏切られた気持ちになった。
今、目の前にいる旦那はどうだろう。
私の顔を見て、やっぱり離婚しようだなんて言わないだろうか。
ブサイクではないと思うが、さほど美人というわけでもないので、彼が絶対に私の顔が好きだという自信はない。
そんな風に不安な気持ちになっていると、
「緊張するね。」
と、彼が私を気遣って優しい声で言ってくれた。
その言葉で私は冷静になれた。
私は考えすぎているのかも知れない。
こんなにも気遣いの出来る彼が外面で人を判断するような人間なわけがない。もちろん私も彼の事を外面で判断しようとは思っていない。
だから、今から顔を上げて目の前にいるお互いの素顔がどうであれ、私たちは愛し合えるはず。
そもそも顔を見せ合うのは好みか嫌いかを判断するためではなく、お互いに安心し合って本当の夫婦として生活する為。
本当の夫婦になれば、このダイニングテーブルで二人で食事を取ることができるし、寝室も同じにして一緒に眠ることができる。
なんて幸せな生活だろうか。
今まで幸せではなかった訳ではないが、これからはさらに幸せになるに違いない。
「うん。でも楽しみでもあるね。」
私は膝の上で無意識に握っていた拳を開いた。