1.昏睡

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1.昏睡

 僕は大量の睡眠薬を飲んだが、意識ははっきりとあった。目の前の景色は部屋の中ではない。それはどこかの港町だった。  視界には突き抜けて広がる海。穏やかな朝もやがかかっていて、それが特に濃いということはなく、金粉を蒔いたような光りが海水面で波に踊っていた。  その手前には灰色の絵の具を分厚く伸ばしたような防波堤が堂々と続き、その端っこで竿を垂らす一人の人間が小椅子に座って静止していた。  その時、僕の中に不安はなく、悲しみや虚無感に怯えることもなかった。それはとても懐かしい景色だった。僕はあの老人のことを知っている。彼は僕が産み出した物語の主人公なのだ。
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