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 まどろむような眠りから抜け出したのは午前八時過ぎだった。  太陽はすっかり昇り、家の外からは近隣の生活音が聞こえてくる。  多香江はしばらくベッドの上で寝返りをうったり、携帯電話をいじったりして過ごしたが、やがてむっくりと起き上がった。  シャワーを浴びて残っていた眠気を追い払うと、衣類とタオルをまとめて洗濯機にかけた。  中身はどれも多香江のもので、幸一のものは服はおろか、下着一枚さえもない。干した洗濯物が女性物ばかりという夫婦のベランダは、近所の目にどう映るのだろう。結婚当初に抱いていたそんな懸念も、最近では気にならなくなった。夫婦生活のなかで、多香江が折り合いをつけられた数少ない点のひとつだった。  カーテン開けてテレビをつけ、トーストをかじりながら熱い紅茶を飲んでいると、自分もこの家もようやく息を吹き返したような気分になってきた。  多香江にとって、幸一はどことなく死を連想させた。周囲の活力を削ぎ、自らも死人のような存在。彼にくらべれば、テレビの中で紋切り型の主張を繰り返す中年コメンテーターのほうが、まだ活き活きとして見える。  くさくさしていた気分でいる自分に気づき、多香江はそれを打ち払うようにトーストの残りを片付けた。  それから軽く部屋の掃除をしたり、録画したドラマを観て過ごしていると、携帯電話に新着のメッセージが届いた。友人の奈々子(ななこ)からで、買い物でもしながら昼食をとろうという誘いだった。  家に閉じこもる気にもなれなかった多香江は、飛びつくようにこの呼びかけに応じた。
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