【13か月】甘々のフレンチトースト

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その日の夜…。 澪は健太郎に、MilkyWayでの話をした。 「…というわけで、料理を監修できることになったの」 「良かったな」 澪がタチバナ店長の人柄や、働きやすい勤務体制を話すうちに、健太郎の中で、メイド喫茶のイメージが良いものに変わっていったようだ。 それに株価のこともあって、秋葉原の文化全体に感謝してる節もある。 取引先との接待で「メイド社長の三橋です」というと喜ばれるのだとか。 完全にネタ化して、自分の強みにしている。 「あ、そういえば。近々、親父とお袋が上京するらしい。東京で軽く顔合わせするか」 「そうだね。私の家族も呼ぶ?」 「あー。両家族とは道後温泉で顔合わせ…ってのも構想にあったんだけど」 「みんなで浴衣着て? ふふっ。それも面白いね」 「それに。あの冴島…の漫画、次は温泉が舞台って言ってなかった?」 「よく覚えててくれたね…」 「……」 健太郎は複雑な顔をする。 「ロケハンで混浴の温泉見学しに行こうかな、って思ってたけど…。もう描かないことにしたから大丈夫だよ」 「混浴…だと?」 健太郎が驚く。 「うん。臨場感が欲しいなぁって。でも同人誌自体…辞めたから」 「へー…。だったら代わりに、これから俺と混浴するか」 「は……え?」 「男のハダカ、見たいんだろ。他人のじゃなく、俺のをモデルにしたら?」 「いやいや…それは」 (健ちゃんをモデルにはできないよ…) スズマリさんの話が、頭に浮かぶ。 「今後一切、澪のハダカは俺にしか見せないで! ああ、女の人は別だけど」 少し怒っている。 「…うん。…わかった」 「よし! じゃあ、20分後に風呂場で」 「で、でも…。明るいところでは恥ずかしいな…なんて」 「何を今さら…。これまで昼間からさんざん」 澪が慌てて話をさえぎる。 「違うの!! アレだけはやめて!」 「あー…はいはい……アレね」 健太郎がニヤッと笑う。 「……(なんか嫌な予感がする。言わない方がよかった?)」 「だいたい風呂場だったらさ、シーツ洗わなくて…楽じゃない?」 心当たりのある澪は、顔を真っ赤にする。 「んじゃ、さっそく入りますか」 「……」 健太郎はニコニコ顔で、澪を促した。 ✕ ✕ ✕ 翌朝、いじけた澪の姿があった。 「澪さん澪さん」 「健ちゃんなんか知らない。アレだけはやめて!って言ってたのに。結局したっ!」 プイと顔を背ける。 「ごめん、澪が可愛くてつい…。そういうけどさ、澪だって途中から俺の…」 「ち、違うもん! あんなことまで…するから…。結局、シーツだって洗うことになったし…」 風呂場ではもちろん、ベッドでも延長戦を繰り広げてしまった。 澪は手のひらで顔を覆い隠す。 「機嫌直して」 「フン、だ」 そっぽを向く。 健太郎はポケットからメモを出して、澪に見せる。 [ほっぺにチュ] フォーチュンクッキーに入れたメモだった。 「な、なな…」 澪は目を大きく開けて、絶句する。 「2枚目のメモ。今まで大事に持ってたんだ。毎朝これ見せるから」 いってきますのときに、ほっぺにチュ、をする。…確かに夢だったけど。 私のこと、手のひらで転がしてる…!! ニヤニヤ笑う余裕な健太郎を見て。 澪は急に驚かせたくなる。 ネクタイを引っ張って、いきなり健太郎の唇を奪った。 健太郎が目を白黒させる。 「……」 「……」 「ぷはぁっ…! 仕返しっ!」 イーと歯をむいて、キッチンに戻っていった。 健太郎は自分の唇を触りながら、 「全然仕返しになってないから…。 ……はぁ、なんでこんなに……可愛いんだよ」 顔を赤らめて、その場にへたりこんだ。 澪の機嫌が直りそうもないので、健太郎はそのまま仕事に向かう。 マンションを出て、しばらく歩いたところで。 「けん…ちゃ……ぁぁん」 という声が背後から聞こえた。 健太郎が振り返ってマンションを見上げると、シーツをふってバルコニーから大きく手を振る澪が見えた。 「…ったく。周りに聞こえるだろ」 健太郎は呆れるが、目が笑っている。 (澪は、俺の澪つくし…かもな) 健太郎は眩しそうに澪を見上げた。 「いってらっ…しゃーい…」と聞こえてくる。 「いってきます!」 健太郎は手を大きく振ると、意気揚々と歩を進めた。 澪はバルコニーから、去り行く健太郎を眺める。 「気をつけて帰ってきてね…。よし! 今夜は何作ろうかなぁ」 そう言うと、るんっと足取り軽く部屋の中に戻っていった。 (了)
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