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その日の夜…。
澪は健太郎に、MilkyWayでの話をした。
「…というわけで、料理を監修できることになったの」
「良かったな」
澪がタチバナ店長の人柄や、働きやすい勤務体制を話すうちに、健太郎の中で、メイド喫茶のイメージが良いものに変わっていったようだ。
それに株価のこともあって、秋葉原の文化全体に感謝してる節もある。
取引先との接待で「メイド社長の三橋です」というと喜ばれるのだとか。
完全にネタ化して、自分の強みにしている。
「あ、そういえば。近々、親父とお袋が上京するらしい。東京で軽く顔合わせするか」
「そうだね。私の家族も呼ぶ?」
「あー。両家族とは道後温泉で顔合わせ…ってのも構想にあったんだけど」
「みんなで浴衣着て? ふふっ。それも面白いね」
「それに。あの冴島…の漫画、次は温泉が舞台って言ってなかった?」
「よく覚えててくれたね…」
「……」
健太郎は複雑な顔をする。
「ロケハンで混浴の温泉見学しに行こうかな、って思ってたけど…。もう描かないことにしたから大丈夫だよ」
「混浴…だと?」
健太郎が驚く。
「うん。臨場感が欲しいなぁって。でも同人誌自体…辞めたから」
「へー…。だったら代わりに、これから俺と混浴するか」
「は……え?」
「男のハダカ、見たいんだろ。他人のじゃなく、俺のをモデルにしたら?」
「いやいや…それは」
(健ちゃんをモデルにはできないよ…)
スズマリさんの話が、頭に浮かぶ。
「今後一切、澪のハダカは俺にしか見せないで! ああ、女の人は別だけど」
少し怒っている。
「…うん。…わかった」
「よし! じゃあ、20分後に風呂場で」
「で、でも…。明るいところでは恥ずかしいな…なんて」
「何を今さら…。これまで昼間からさんざん」
澪が慌てて話をさえぎる。
「違うの!! アレだけはやめて!」
「あー…はいはい……アレね」
健太郎がニヤッと笑う。
「……(なんか嫌な予感がする。言わない方がよかった?)」
「だいたい風呂場だったらさ、シーツ洗わなくて…楽じゃない?」
心当たりのある澪は、顔を真っ赤にする。
「んじゃ、さっそく入りますか」
「……」
健太郎はニコニコ顔で、澪を促した。
✕ ✕ ✕
翌朝、いじけた澪の姿があった。
「澪さん澪さん」
「健ちゃんなんか知らない。アレだけはやめて!って言ってたのに。結局したっ!」
プイと顔を背ける。
「ごめん、澪が可愛くてつい…。そういうけどさ、澪だって途中から俺の…」
「ち、違うもん! あんなことまで…するから…。結局、シーツだって洗うことになったし…」
風呂場ではもちろん、ベッドでも延長戦を繰り広げてしまった。
澪は手のひらで顔を覆い隠す。
「機嫌直して」
「フン、だ」
そっぽを向く。
健太郎はポケットからメモを出して、澪に見せる。
[ほっぺにチュ]
フォーチュンクッキーに入れたメモだった。
「な、なな…」
澪は目を大きく開けて、絶句する。
「2枚目のメモ。今まで大事に持ってたんだ。毎朝これ見せるから」
いってきますのときに、ほっぺにチュ、をする。…確かに夢だったけど。
私のこと、手のひらで転がしてる…!!
ニヤニヤ笑う余裕な健太郎を見て。
澪は急に驚かせたくなる。
ネクタイを引っ張って、いきなり健太郎の唇を奪った。
健太郎が目を白黒させる。
「……」
「……」
「ぷはぁっ…! 仕返しっ!」
イーと歯をむいて、キッチンに戻っていった。
健太郎は自分の唇を触りながら、
「全然仕返しになってないから…。
……はぁ、なんでこんなに……可愛いんだよ」
顔を赤らめて、その場にへたりこんだ。
澪の機嫌が直りそうもないので、健太郎はそのまま仕事に向かう。
マンションを出て、しばらく歩いたところで。
「けん…ちゃ……ぁぁん」
という声が背後から聞こえた。
健太郎が振り返ってマンションを見上げると、シーツをふってバルコニーから大きく手を振る澪が見えた。
「…ったく。周りに聞こえるだろ」
健太郎は呆れるが、目が笑っている。
(澪は、俺の澪つくし…かもな)
健太郎は眩しそうに澪を見上げた。
「いってらっ…しゃーい…」と聞こえてくる。
「いってきます!」
健太郎は手を大きく振ると、意気揚々と歩を進めた。
澪はバルコニーから、去り行く健太郎を眺める。
「気をつけて帰ってきてね…。よし! 今夜は何作ろうかなぁ」
そう言うと、るんっと足取り軽く部屋の中に戻っていった。
(了)
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