王都編

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王都編

 お金って、あるところにはあるんだな。  邸宅の正面に馬車が停まり、騎士のひとりに手を引かれて地に降り立った瞬間、ナタリアは呆然と空を仰いだ。  王都にこれだけの広さの土地を所有し、離宮と見紛う規模の豪華絢爛な屋敷を打ち建てるとか、いったいどれだけの資産と権力がここにあるのだろう。 「これと、どう太刀打ちできるのか・・・・」 「はい?どうされました?」  最後まで脱落せずに同行できた数少ない護衛とは、過酷な旅程の間に同志めいたものが芽生えたような…気がしないでもない。 「いえ、お気になさらず」  根性を振り絞り、上品に見えるであろう笑みを浮かべてみせる。  一応、猫の一匹くらいは被っているつもりではいるが。  ちなみに、グラハム卿と侍従は後から追いかけてくることとなり、なんだかんだ体調不良が長引いて今もはるか後方の都市でぐずくずしているはずだ。  彼らは母たちに酔い潰され重い二日酔いに侵された身体ではあの朝出発することはかなわず、なんとか生き残った一部の護衛たちにナタリアを預けた。  見栄より納期を守ることを優先させたらしい。  そして、各都市で馬を替えながら10日あまりでここにたどり着いた。  悪路を馬車で飛ばされると腰に来るので、2日目からナタリアが申し出て自身も乗馬し、馬車は宿場へ置いてきた。嫁入り道具と一緒に後からゆっくりどうぞと後発組への伝言を残して。  リロイには2日目の晩にこっそり会えた。  驚くことに彼の肩に届く綺麗な金髪は短く乱暴に刈り込まれていた。  なんでも、出発前にルパートが印象操作のために適当に切ったという。  辺境での暮らしでも変わらなかった優雅な容姿が、野性味を帯びてまるで傭兵のようになっていて驚いたが、所詮美形はどんな姿でも様になる。  短い間に意見交換した結果、事情を知らない護衛たちと王都へ乗り込んだ方が安全だろうということになり、ナタリアは翌朝自らの騎乗移動を主張し、責任者から了承された。  色々と疲れる日々だったが、あの男と10日間狭い空間で一緒にいるよりはるかに快適で、母と義姉に感謝だ。  ただし、ただでさえこんがり焼けた肌がさらに雄々しさを極めてしまったかもしれないが。  ちなみに、最終日に泊まる予定にしていた宿に家紋入りの立派な馬車が待機していたので、そこで護衛ともども身なりを何とか整えいざ出陣という感じだ。  そして、たどり着いた現在である。  ああ、都会の鳥はさえずりさえもささやかで上品だ。  はやく田舎に戻って雄たけびを上げる賑やかな家畜たちに会いたい。 「グラハム卿なしで、本当に大丈夫なのかしら?」 「昨日、ローレンス様への連絡は通っておりますので…」  まあ、それはそうだ。 「わかったわ。では行きますか」 「はい。こちらになります」  ダドリーの騎士よりはるかに立派な衣装に身を包んだ背中を眺めながら後に続く。  扉が開き中へ入ると、灰色の髪のいかにも執事といういで立ちの男が出迎え、目が合うなり優雅に頭を下げた。 「ようこそおいでくださいました。初めましてダドリー伯爵令嬢。私が執事のセロンでございます」  出迎えたのは、この執事と若い侍女の二人だけだ。  装飾も掃除も行き届いたホールで、執事の声が反響する。  これだけ贅を尽くしているからには相当な数の使用人がいるはず。  当主の婚約者様をお出迎えするにはずいぶんな扱いだ。  まだ正式に認められていない…なんてことはない。  とすると。  ナタリアは周囲に目を走らせ考える。  これ、喧嘩売ってる?  ずいぶん舐めた真似してくれるわね。  にいいっと唇を上げた。 「初めまして。ナタリア・ダドリーです。さっそくですが、ウェズリー侯爵はご在宅ですか?私としては出来るだけ早くお会いしたいのですが、可能でしょうか」  ここは先手必勝だと思っている。  へんな横やりが入る前に、できるだけ情報を引き出しておきたい。  おそらく、ローレンス・ウェズリーは・・・。 「・・・はい。主は現在執務室におりますので大丈夫です。しかし、ずいぶん疲れる旅だったとお聞きしているので、本日はとりあえずお部屋でゆっくりお休みいただこうかと思っていたのですが…」  慇懃な返事を、即座に跳ね返す。 「まあ、ご当主様にお会いせぬままくつろぐなんて、そんな図々しい真似はできませんわ」  ナタリアは大げさに肩をすくめ、ぐずくず言わずにさっとと会わせろと直球で攻めた。  身柄を拘束し軟禁状態には早くしておきたいが、ローレンス独りでの対面は避けたい。  グラハムもしくは誰か大公の腹心に立会いをさせたいのだろう。  数時間でも引き伸ばしたいのだろうがその手には乗らない。 「お気遣いいただきありがとうございます。ですが、一刻も早くウェズリー侯爵にお会いしませんと。・・・私が思うに今回のお話、齟齬があるような気がします。ことが公になる前に素早く処理した方が侯爵家のためかと思いますの。だって」  すっと執事のそばにより、声を潜める。 「あなたも私を見た瞬間、驚いたでしょう。実は」  わざわざ見なくとも、相手が息をのんだのがわかった。  このセロンは、おそらくもともとはローレンスに長く仕えた侍従だ。  可愛くて仕方ないはず。  ナタリアに対するあからさまな態度はそこに起因する。 「ローレンス様のためにも、早く解決すべきですわ」  彼の中の正義は、ローレンス・ウェズリーの幸福。  動揺したところでさらに攻めた。 「・・・は」  よし。  忠犬が服従のポーズをとった。  とりあえず、お座りって感じか。  これをいずれは伏せさせ、腹を見せるくらいにせねばならない。 「それでは、執務室へ案内してくださる?」 「・・・こちらになります」  第一関門は突破した。
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