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……こんなとこでひとり考えても答えは分かんないんだし、考えるのやめよ。
それにしても、朝まで加賀が私の部屋にいたのなら、絶対あのだらしない格好見られたよね。それが恥ずかしくて仕方ないんだけど。
はぁ、と大きな溜息をついて、再び電卓を叩く。と、
「安達」
今1番聞きたくない声が、鼓膜を揺らした。
「は、はい」
「ここ、間違えてる」
「え」
「マイナス、つけ忘れてるけど」
「ほんとだ。ごめん、すぐ直す」
後ろからヒラリと現れた紙切れが、私のデスクにそっと置かれる。そして加賀の長い指がある箇所を指して、そこに視線を移せば、確かに入力ミスをしていた。
「珍しいな、こんなミスすんの」
ぽつりと落とされた言葉に「ごめん」と謝罪しつつも、心の中で「加賀のせいでしょ?」と呟く。加賀があんな事言うから仕事に身が入らないんだよ、と、思わず口走りそうになる。
ていうか、この距離が無理。真後ろに加賀が立っていることが耐えられない。
加賀の匂いが鼻腔を掠めて、ドキドキする。それを悟られないようにパソコンの画面と向き合うけど、何故か加賀はそこからなかなか退けてくれない。
「…まだ何かあるの?」
痺れを切らした私が前を向いたまま尋ねれば、「うん」と抑揚のない声が落とされる。
「午後から信金がA薬局の決算書取りにくるから用意しといて」
「分かった」
「あと、K自動車からデータ送ったって連絡来たから取り込んどいて」
「分かった」
「あとM産業が試算表を…」
「ちょ、めちゃくちゃ言うじゃん」
メモするから待って。と、慌ててメモ帳とペンを用意していると、上から「ふっ」と笑い声が落ちてくる。
それに驚いた私が勢いよく視線を上げれば、ゆるりと口角を上げた加賀と視線が絡んだ。
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