元カノ襲来しました

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 そう言うとアンナは立ち上がり、がばっと俺に抱きついてきた。  ……げっ! いまここでそういうのはまずいから! 俺の可愛いコウモリがベッドの下から見ているので!  慌ててアンナの身体を引き剥がす。アンナの瞳には涙が滲んでいた。 「ねえ、テオ。一緒にあたしの田舎に帰ろうよ。……もうあたし、この街にいるの疲れちゃった。もう夢見るような歳じゃないし、あんただってそろそろ疲れたでしょ?」  アンナは女優になりたくて田舎からパリに上京してきた。でも結局、ムーラン・ルージュの踊り子になるのが精一杯だった。三十一という年齢を考えたら、このまま踊り子を続けることすら厳しいのかもしれない。 「あたし実家に戻って、家の手伝いをしようと思ってるの。あんたが婿に入ってくれたら、きっと両親も喜ぶから。生活だって安定するし、あんたの好きな絵だって、趣味で描き続ければいいでしょ?」  アンナの実家には一度だけ遊びに行ったことがある。大きな牧場を営んでいて、羊の赤ちゃんがとても可愛かった。アンナはその家のひとり娘だ。  もしこの話を半年前にされていたら、心が動いたかもしれない。でも――いまは無理だ。 「……ごめん、アンナ。俺はお前と結婚するつもりはない。悪いけどもう、他に大事な人がいるから」  俺の言葉にアンナはひどく傷ついた顔をし、ぽろぽろと泣きはじめた。その姿が不憫で、涙を拭ってやりたい気持ちになる。  かつてはその激しい気性も、きれいな顔立ちも、グラマーな体型も、文句を言いながら俺と別れないところも、そのすべてが好きだったのに。  でも、ごめん。もう、優しくしてやることができない。  アンナが泣き濡れたきれいな顔を上げる。そして縋るように俺に言った。 「……じゃあ、最後に、お別れのキスして」 「ごめん、それも無理」  次の瞬間、俺の頬にビンタが飛んだ。予期せぬ衝撃で目の前に火花が散る。 「……もう、最っ低! あんたなんかパリで野垂れ死ね!」  アンナは俺を罵りながらバタバタと部屋を飛び出していく。痛む頬をさすりながら、満身創痍でベッドに倒れ込んだ。  本当に最低だ。修羅場だった。
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