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僕は幕の内弁当が詰め込まれた段ボール箱を抱えると、彼のうしろへ続いた。ミンミンゼミとアブラゼミの混成合唱が頭上から落ちてきて、やかましいことこの上ない。
ようやく石段を登りきって、平坦な場所に辿り着くと、弾けるように視界がひらけた。そこは石畳の広場になっており、右側に黒々としたレンガ造りの塀があり、蔓のような植物がそれを覆っていた。レンガ塀の向こうに中世ヨーロッパの古城を模したような西洋風の屋敷があった。日本古来の寺社でもあるのかと思っていたから、意外な気がした。
「昔、ここは金持ちの別荘だったの。それを集会所に改装したから、変てこりんな恰好をしてるのよ。内装はお寺みたいになってて、鐘がたくさん吊ってあるの。だから釣鐘堂」
ポテトチップスと煎餅の段ボール箱を抱えている美帆が僕の横に並んだ。僕は頷いた。
祭り半纏を羽織った年配の男が手押し台車を準備していた。
「ご苦労さん! 階段の下からからじゃ、さすがに重かったろう。や、大岩君の助太刀か、これはこれは」
年配の男と大岩は笑いながら天気の話をはじめた。
僕と美帆は荷物を台車の上に置くと、すぐに階段を下りた。まだ配達は終わっていないのだ・・・
☆ ☆ ☆ ☆
注文の荷物を全て運び終わったときには、僕の膝は踏ん張ることもできず、ひたすらにがちがちと震えていた。
百段二往復は、まさに試練そのもの。
ありったけの水分を絞り出されたぼろ雑巾のように、僕はへばっていた。
「オタクさん、見かけ以上にヤワじゃのう」大岩莞爾がラムネの壜を僕の前にかざした。「まあ、あんな場所に休憩所を設ける役員も、どうかしてるがな。ほれ、喉乾いたろ? 釣鐘堂の裏に湧き水がおってな、そこでラムネやビール、スイカを冷やすんよ」
釣鐘堂は神聖な場所で、花火大会の時には四神、即ち東の雷電神、南の風塵神、西の雨龍神、北の豊穣神が集うという。神たちと人間がともに車座となって、酒を酌み交わし郷土の里いも料理を食しながら、満天の花火を拝むのが習わしらしい。
「いただきます、ごちそうさまです」
そんな説明を遠くの出来事のように聞き流しながら、僕は冷たいラムネを喉に流しこんだ。甘い炭酸の刺激が喉の粘膜を潤していくのがわかる。あたかも干からびた大地に夕立が降り注ぐように・・・
「じゃあ、雲丸島の桟敷席で待っとるからな」
大岩莞爾は一気にラムネを飲み干すと、眩しそうに美帆を見ながら言った。
彼と美帆とはどういう関係なのだろう。僕はそれを口にした。
「小学校からの幼馴染よ。たーくんが思ってるような仲じゃないから」
美帆はあっけらかんと答えたが、幼馴染の男の表情はそれを否定していた。
波乱の予感がした。
そして、それはすぐに最初の現実になった。
「よお、もしスマホみたいな電子機器を持ってるのなら、ここでは振り回さない方がいいぞ。特に、花火は写すな。スマホはご法度なんだ。あとになって、聞いてませんでしたなんて、後悔しないようにな」
「脅しかよ?」
僕も少しムキになった。
「脅しじゃねえ。忠告だ。よそ者はじっとしてりゃいんだよ」
大岩は背中を向けると、行ってしまった。
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