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 眠っているあなたが、丸めたその背をもぞもぞ動かす。あなたを包みこんだ柔らかく湿った土の、小さな塊がひとつふたつ崩れ、くだける。しばらく蠢いてその小さな体よりちょっとだけ大きく広がった穴の中で、あなたは伸び、そして縮む。  鎌状のするどい前足で目の前の土をつつく。崩れる。崩れた土の上に載り、つぶし、またはだかる土をつつき崩す。あなたは感じる。この向こうに土の湿り気をちゅうちゅう吸ってそれを地上高くから降りてくる太陽の匂いのする甘い液とだくだくと入れ替えている太い管のありかを。その波打つ脈を感じている。もちろん、あなたは地上をまだ知らない。太陽、を知らない。でも、それが甘く、あたたかく、希望に満ちたなにかすばらしものだということを知っている。ただ知っている。だから惹かれる。感じる震動をめざし、あなたはふたつの鎌を振り上げる。突き進む。  ぶつかる。  慣れ親しんだ土のようにつついてもほぐれない固い無骨な木の根。どくんどくんとはっきり感じる。一心に目指したもの。欲望が満ちる。衝動が突き上げる。口吻を突き刺す。あなたのなかにまだ見ぬ太陽の熱い希望が吸い込まれていく。満たされる。  あなたは思う。たぶん、いつかここじゃないどこかへ自分は行くのだ。そこはきっと、この甘い匂いに満ちたすばらしい場所なのだ、と。  たとえあなたの頭上の地面が分厚いコンクリートで塗り固められたとしても、あなたは目指す。その縁を探す。裂け目を探す。絶望を知らずただ探し、季節を逃し、死ぬだろう。それでもあなたは太陽の夢で身をいっぱいに満たしている。  幸運があなたを味方して、地上に出ることができるかもしれない。しかしすぐに烏や鼠に食べられてしまうかもしれない。それでもあなたは生まれて初めてのまばゆい太陽の光を浴び、匂いを吸い、風を感じながら満たされたまま死んでいくだろう。  地上に出て、敵にも襲われず、存分に明るい空気を味わったあなたはどこかの枝にしがみつきじっと待つ。何が始まるのかあなたは知らない。でも、待つ。待たねばならないと強く思う。やがて背が割れ、薄羽が現れる。しかしまだあなたは何が起きたか分からない。くすぐったい背中をふるふると動かすとふいに世界が広がる。身が軽い。あこがれ続けたなにものかの、その正体を真正面に発見する。ああ、そうだ、自分が求め続けていたのはこれだった、とそこで初めてすべてを知るだろう。そして数日を生き、死ぬだろう。  しかし。  あなたはまだ何も知らない。  知らなくていい。  ただ今を感じ、衝動に従い、満たされ、生き、そして死んでいきなさい。それまでまだしばらく、ここでおやすみ。
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