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生存確認の日
ピピピ、ピピピ、ピピ
日曜午前8時、アラームが鳴る。
佐藤浩一は、机の上に置いてあるスマホのアラームを消し、椅子に座ったままぐっと伸びをした。
「ぐっ、、、、はあ、、」
うめき声をあげ、ふぅ、と一息つくと、また目の前にあるパソコンに向かい仕事を始める。
浩一の両親は転勤が多く、彼も海外を行ったり来たりしていたため語学が堪能で、フリーランスで翻訳家をしている。
基本的に自宅で仕事をしているため、夜遅く、というか気が付いたら朝なんて日も多く、今日もそのパターンだった。
今は若いからいいが、その生活リズムだと体を壊すからやめろと言われるが、生活に害は無いため直すつもりもなかった。
カーテンを閉めているため一切日が入らず、明かりといえばパソコンのディスプレイの光だけの部屋で、ひたすら英語を訳して打ち込んでいく。
気が付けば時刻は午前10時を回って、一度寝るか、食事をとろうかとも思ったが、別にお腹も減っていないため後回しにすることにした。
もう少ししたら、休もう。
そう考えていると、ガチャリと玄関の鍵が開いた音がした。
「こういちー、生きてるかー」
生存確認をしながら入ってきたのは、浩一の数少ない友人で幼馴染である真白信介だった。
「ん、真白。生きてる」
「そりゃ良かった。どうせまた仕事しかしてないんだろ。飯作ってやるからその間風呂でも入っとけ」
そう言いながら真白は部屋のカーテンを勢い良く開けた。
突然入ってきた日の光に浩一は顔をしかめ、逃げるように風呂に向かう。
面倒見の良く優しい真白は、定期的に浩一の家に来てはこうして仕事以外に無頓着な浩一の世話をしてくれる、お母さんのような人だ。
ちなみに浩一の生活を改めるように言ったのも真白である。
風呂を沸かすのも面倒で、シャワーを浴びて洗い終わるり廊下に出ると、ジュー、と何かを焼くいい音と美味しそう良いな匂いがした。
「おまえ、、、服くらい着て来いよ」
「用意するの忘れた、真白ならいいかなって」
「あほか。シャキッとしろって。そんなだからいつまで経っても彼女の一人もできないんだよ」
「いい。別に」
会話をしながら着替えているうちに、真白は手際よく食事の用意をし、テーブルに並べていく。
メニューは味噌汁と白米、目玉焼きと焼いたソーセージ。あの空っぽな冷蔵庫でよくここまで用意できたと思う。いい嫁になれそう。
頂きます、と味噌汁をすする。
「おいしい。真白、良いお嫁さんになれるね」
「やめろ。シャレにならん。最近親からも身を固めろってうるさいのに」
「大丈夫。困ったら俺が嫁にもらってあげる」
「はいはい、良いからしっかり食べてくださーい。お前、忙しいのはしょうがないけどもうちょっとちゃんと生活しろよ。冷蔵庫空っぽで困ったわ」
「はーい」
あながち、冗談ではのに。
味噌汁の器を置いて、半熟卵を一口。
久しぶりに食べた食事らしい食事はやっぱり美味しくて、ようやく肩の力が抜ける感じがした。
「で。お前ろくに寝てもないだろ。食べ終わったら寝る?」
「や、寝ない。仕事する」
「いや、ほっといたら仕事しかしないから俺が来てんのに意味ないだろ。締め切りやばいの?」
「大丈夫だけど、眠くないし」
「余裕あるなら休めよ。無理して寝なくてもいいから、横になるだけでも疲れとれるし」
「ん」
真白に甘えて食べ終わると、ソファーに掛けてスマホを触る。
この間も真白は洗濯をしてくれているらしく、洗濯機が動く音が聞こえる。
本当に面倒見のいい幼馴染。ありがたい。
ただ、こうしてだらだら過ごすのはやっぱり落ち着かず、浩一はまた書斎に戻ってパソコンに向かい始めた。
いつも心配してくれるが、浩一が仕事をしだすと真白はもう何も言わずに掃除や身の回りのことをしてくれる。
結局仕事をしているわけだが、誰かがいる気配というのが心地よく、精神的に癒される時間だった。
夕方になり、一通りやることも終わった真白は、浩一の仕事の邪魔をしないよう何も言わずに帰っていった。
閉まるドアの音を聞いて浩一は、ふぅ、とため息をひとつついた。
本当に、俺が女だったら勘違いしてしまいそうなほど優しい幼馴染だ。
まあ、俺はもう遅いのだけれども。
子どものころから、俺は真白に片思いをしている。
別に同性だからよくないとか、そういったことは気にしていない。
だが駄目な自分の面倒をいつも見てくれて、ずっとこんな自分の友達でいてくれた真白に抱いていい感情ではないと思っているし、日本でそういったことが受け入れられていない現実も知っている。
だから少なくとも、真白が気づくまでは言うつもりもないし、真白にいい相手ができたら全力で応援しようとも思っている。
これ以上、真白に迷惑はかけたくない。
だから、俺は俺の気持ちに蓋をして、これからも迷惑だけはかけないよう、ずっといい友達でいたい。
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