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六夜
ばあちゃんが窓を開けた。
ひらひらと、黒いとんぼが部屋の中に入ってきた。
とんぼなのにちょうちょみたいな飛び方だ。
僕は珍しいとんぼに近づいた。
とんぼは羽をぱたぱたさせて台所へと飛んで行ってしまった。
「そっとしといてあげるんだよ、昌弥。きっと田村さんだ」
ばあちゃんはいつもとぼけているけど、これはとぼけているで済ませてはいけないのかもしれない。
「田村さんはね、じいちゃんの昔の友だちなんだよ。若いころは家族ぐるみでおつきあいさせてもらってたんだよ。でもこの間亡くなってしまってね」
「どうして田村さんだってわかるの?」
ばあちゃんはそっと指をさした。
「見てごらん。ビールの空き箱にずっと止まっているだろう?田村さんは酒呑みで、特にビールが好きだったからね」
きっとたまたまだと思う。
でも黒いとんぼは、違うとはいいきれないくらいにビール箱にしがみついている。
「田村さん、本当にお世話になりました」
ばあちゃんが頭を下げると、田村さんは箱から離れた。
あいさつが済んだようだと思ったら、田村さんは今度は冷蔵庫に止まった。
「さすが田村さんだね。ビールはよく冷えてなくちゃいけないっていってるよ」
ばあちゃんは、冷蔵庫から缶ビールを取り出してぷしゅっと開けた。
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