第二十八話 掻き乱されていく感情

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第二十八話 掻き乱されていく感情

 「待ってよじんじん。そうやってまた、じんじんはみいちゃんで誤魔化すの。みいちゃんは、じんじんが誤魔化すために居るんじゃないよ」  晴が腕を掴んでくる。  「うっせえな、離せよ。てめえらは楽しく陽菜の誕生日会でも何でもしてれば良いだろうが」  初めて晴に平手で頬を叩かれる。仲間には手を出さない。その晴が、手を出した。  「いい加減にしないと僕、怒るよ。もうじんじんにみいちゃんは貸さない。みいちゃんは僕のだから」  「じゃあ、どうしろって言うんだよ。俺はあいつの兄貴で、あいつは俺の妹って事実はどう足掻こうとと変わんねえんだぞ。てめえにわかんのかよ。あの女からの暴力に耐える陽菜を見て見ぬふりをして、逃げてきたろくでもない兄貴だったから、これからは陽菜にとってしっかりとした兄貴になろうとしているのに。毎日の生活の中で陽菜を女として意識させられて。何度も何度もこんな気持ちは間違ってるって言い聞かせて。なのにてめえらまで人の感情を搔き乱して来んなよ」  晴達を睨み付けて怒鳴る。すると晴はそっと俺を引き寄せ抱きしめてきた。  「ごめんねじんじん。僕、じんじんの気持ちわかるよ。苦しかったよね。僕も昔、まだお母さんと暮らしてた頃ね、お母さんを愛してたんだ。とても悩んだよ。今のじんじんみたいに。僕の場合はどう足掻いても実の母親だったから叶うはずがなかったけど。それに、ほら、僕、弟殺しちゃったでしょ。それで更生施設に入れられて出た後、やっとお母さんとまた暮らせると思った。でも、お母さんは弟殺しの僕を気持ち悪いと言って、一緒には暮らしてはくれなかった。だからね、じんじんの気持ちもわかるけど、陽菜ちゃんの気持ちもわかるんだ。じんじんが悩むのもわかるけど、陽菜ちゃんの事、少しは受け入れてあげて」  頭を軽く優しくぽんぽんと叩かれる。俺は晴の言葉に少し気持ちが落ち着いたような気がした。晴は俺から離れ、みいちゃんとのこれからの約束、僕が断っても良いよねと聞いてきた。俺は、ああ、勝手にしろと言ってソファーに腰掛ける。  それから晴は美咲に電話をかけ、今度自分が相手をするからと言って通話を切った。  「よし、仁。お前も手伝え」  巧が俺に飾り付けの用具を渡してくる。俺はそれを黙って受け取り飾り付けを始めた。  三時間ほどして巧と奈々がケーキを買ってきて冷蔵庫に入れた。  「ただいま帰りました」  九条と陽菜が帰ってきて、気まずくなった俺は逃げるように立ち上がると、晴に腕を掴まれる。  「逃げちゃ駄目。さっき何があったのか知らないけど、ちゃんと謝った方が良いよ」  陽菜と九条がリビングに入ってくる。驚く陽菜に、巧と奈々と晴がクラッカーを鳴らす。  「九条くん、これは?」  「竜崎さんが喜ぶと思ってみんなで計画したんだよ」  陽菜は一瞬嬉しそうな表情をしたが、俺の方を見て俯いた。  「ほら、じんじん」  「早く行けよ、仁。雰囲気壊す気かお前は」  俺は陽菜に近づく。  「さっきは悪かったな。俺も言い過ぎた。けど、名前で呼ぶのは禁止」  「嫌。呼びたい」  陽菜はまだ俯いている。  「駄目だって。俺とお前は兄妹なんだよ。それなのに、名前で呼ぶなんておかしいだろうが」  「本当の兄妹じゃないからおかしくないもん」  このままでは許してしまいそうだ。なんとかしないと。  「本当じゃなくても、今は戸籍上兄妹なんだよ」  「じゃあ、お母さんに頼んでお義父さんと別れて貰う」  陽菜は本気で言っているのか。そんな事出来るはずがない。  「ほら、じんじん。本当の事言っちゃいなよ。兄妹だからって言うのは建前で、本当は名前でなんか呼ばれたりしたら、意識しちゃうから駄目だって」  晴の言葉に陽菜が上目遣いで見てくる。  「馬鹿野郎、言えるかよ。てか、陽菜もそんな顔してみて来んな」  「もう認めてるもんと同じじゃねえか」  巧の言葉にさっきの言葉を思い出してみる。確かにそうだ。これじゃそう言ってるのと同じ事だ。  「忘れろ、陽菜」  「嫌、忘れないもん。仁くん、大好き」  また名前を呼ばれた。自然と頬が少し熱くなるのを感じて、胸の鼓動が早くなっていく。駄目だ。流されたら駄目だ。  陽菜が抱きついてくる。今抱きつかれたら意識してしまう。どうにかしてくれ、この感情。  「じんじん、顔赤いよ」  「う、うっせえ、黙れ、死ね」  吠えるように言って陽菜を離す。  「もう、みんな死んじまえ。馬鹿野郎」  どれだけ吠えても、胸の高揚感が何処かに行ってくれない。慣れない、この感情慣れない。美咲にだって一度だってこんな感情になった事はなかったのに。助けてくれ。どうすれば良いんだ。  「じんじん落ち着いて。取りあえず、ご飯食べてケーキ食べよう」  晴にソファーに座らせられる。  「陽菜ちゃんはこっちに来て。じんじん今、混乱中だから。これ以上虐めたら可哀想だよ」  陽菜が晴の隣に腰掛けた。俺は頭を抱えて考えをまとめ始める。  「じゃ、唄、歌おうか。陽菜ちゃんが言ってたもんね」  俺と陽菜以外が歌を歌い出す。そして、ケーキに刺さったろうそくの火を陽菜は吹き消した。 ー続くー
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