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 今日も店内に流れるピアノの旋律とアロマの匂いは眠気を誘う。 「・・・・・・ちょっと力弱くなってるんだけど?」  揉まれていた婦人が太い脚を揺らした。すみません、と私は力を込めた。そして、婦人は愚痴を続ける。 「立ち仕事ばかりだからホント疲れちゃう。なのに、旦那ったら『大したことないだろ』って。もう何言ってんの、アンタくらいの年齢は基本椅子に座ってふんぞりかえってるだけでしょって感じよね・・・・・・って聞いてる?」  問いかけられて初めて顔を上げる。また睨まれてしまい、愛想笑いを浮かべた。 「聞いてますよ。大変ですよね」 「そのくせ、どうでもいい話ばっかりはいっぱいしてくるの。上司、同僚、後輩の愚痴やら知らないニュースに映画、ゴルフの話をされた日には、もう」  婦人は呆れたようにため息をつく。これで終わりかな。足に視線を戻し集中しようとすると、目の前の彼女はまた口を開いた。 「しかも、最近なんて声がするのに振り返ったら誰もいないとか、影があったのに人の姿が見当たらないとか。全部幽霊かなんか仕業だってうるさいのよ。自意識過剰も甚だしいわ」  婦人の話に小さい頃の記憶がよみがえる。 「私も小学生の頃、塾の帰りに野良猫が後脚で跳ねながら回っているのを見ました。帰って父に訊いたら、化け猫が踊ってるんじゃないかって」 「アンタの話は聞いてないの」 「・・・・・・すみません」  自然と上がっていた口を強引に噛み殺した。
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