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ぴろりん、と電子音が鳴る。
携帯に目をやればピカピカと通知を知らせるライトが点滅していた。
「またあのヤンキー?」
じとり、とハゼに目を細められ真宏は「まぁ、多分」と返事をした。
葉山くんと思わぬ再会をした日以来、結構な頻度で彼から連絡が来るようになった。
一日に何十件ものやりとりをするのは中々大変で、授業中は携帯を開けないので休み時間に纏めて返事しようと画面を開くと、百件近い通知が来ていて流石にため息を吐いたのがつい先日のこと。
「まあダチならメール来てもええんちゃう?」
何をおっしゃる。
ついこの間、嫉妬した、なんて可愛い顔で言うとったやろがお主。
「いや違うんだって。異常なんだよ、数が」
じ、と見つめられたので俺は大人しく今日はまだ開いていない携帯の画面を見せる。
「……一◯◯件」
宇佐美の呟きにハゼは「煩悩の数じゃん。きっしょ」と言い捨て、まおは「ストーカーじゃね?」と苦笑い。
「けど陰湿な感じってわけでもねーよなあ」
久我が菓子パンを頬張りつつそう言うので真宏も便乗しておにぎりを齧り頷いた。
「そうなんですよ。別に嫌がらせされてるわけじゃないし何かをしつこく聞かれてる訳でもないし。俺に害は無いから」
「いや害あるでしょ。この通知数が既に害だよ」
まあそうなのかもしんないけども。
久しぶりに会って嬉しかった、とか懐かしかった、とかそんなとこでしょ。
俺も久々に会えて元気そうで嬉しかったし。
「真宏さぁ、他人の事に関しては善し悪しの判別つくのに自分の事には無頓着なの?良くないよそういうとこ」
「別にそんなつもりじゃないけど」
俺は俺を蔑ろにしてるつもりなんてないし、本当に良いんだよどうでも。
万が一これで盗聴だとか、盗撮だとか、後をつけてきたりとか、家族や友人とか宇佐美とかに迷惑かかったりするなら流石に怒るけど、メールぐらいでぴーぎゃー騒ぐ程繊細では無い。
「明らかに異常だかんね、その数は。普通の人はそんなに無駄に送ってこない」
「そんなの分かんないじゃん。人によるでしょ」
ハゼは異様に葉山を嫌ってるらしくてココ最近ずっと機嫌が悪い。
「僕がおかしいって言ってんだからおかしいんだよ」
ムキになるハゼにこっちもムキになってくる。
「なんでそんなに葉山くんを嫌うの?俺の大事な友達なんだけど。俺が嫌になったらちゃんと嫌だって言うし、俺がそういう人間なのハゼは良く知ってるでしょ」
「ああいう人間は否定されると激昂して何するか分かんないんだよ。ストーカーってそういうサイコみたいな奴らばっかなんだから」
「だから葉山くんはそんな人じゃないってば」
「分かんないだろそんなのは!親友でもなんでもないただのクラスメイトだった真宏にソイツの何が分かんの?」
「それはハゼだって同じじゃんか!ハゼは葉山くんと同じ中学ですら無いのになんで決めつけんの!」
箸を止めお互い睨み合い言い合う。
「まあまあお前ら落ちつけよ」
久我のセリフは真宏の耳にもハゼの耳にも入っては来ない。
「真宏に何かあってからじゃ遅いだろって話をしてんの!」
「だからって何も無いのに突き放すのはおかしいじゃんって言ってんの!」
お互い引くにひけずヒートアップしていく。
まおと久我は「落ち着けよ」だとか「おいおい」だとか宥めてくれているようだけど全然聞いてない。
宇佐美は真宏達を止めるでもなく宥めるでもなくただじっと二人を見つめていた。
「大体さ、喧嘩も出来ないくせになんでそんな大丈夫って自信もって言えるわけ!?」
ハゼのその言葉に真宏はカッと頭に血が上る。
「それどういう意味。俺がハゼより弱いってこと?」
ハゼもムッとした顔をして「さあね」と言ってのけた。
なんだよそれ。
ハゼは俺を下に見てるってことなの。
俺はずっとハゼと久我と対等な友達だと、思ってたのに。
「だって真宏は口ばっかじゃん。喧嘩出来ないのに口ばっかで危ない事に突っ込んでってさ、何回言ってもやめないし」
「……」
「負け戦を進んでやるのはただの馬鹿でしょ」
馬鹿にしたように言うハゼに珍しく久我が「日向!」と怒鳴った。
まお先輩も怒った顔をしてハゼを見る。
.......そういえば、同じような事を宇佐美にも言われたっけ。
「……じゃあ、ハゼは俺の事ずっと守らなきゃいけない弱い存在だと思ってたんだ」
「……そんなこと言ってな、」
「思ってなかったらそんなセリフ出てこないだろ」
キッと睨み上げるとハゼは、ぐ、と押し黙る。
「真宏、気にすんな。売り言葉に買い言葉なだけだ。そんな事本気で思っちゃいねぇよ」
久我の言葉は有難いけれど今はそれを信じられる気分では無かった。
「おい宇佐美サンも止めてくれよ」
困ったように視線を動かす久我に宇佐美は「ふむ」と考えるような素振りを見せていた。
「……俺は、ハゼ達とは対等じゃなかったんだね」
「だからそこまでは言ってないじゃん」
「否定しないってことはそうなんでしょ。俺は格闘技は出来ないから口だけだもんね。口ばっか達者だから、ハゼや久我が居ないとすぐ喧嘩負けちゃうもんね」
ああそうかよ。
俺だけだったんだ、そうやって友達だって思っててさ、なんかさ、嬉しいなとか、楽しいなとか思ってたの。
ハゼも久我もお荷物だと思ってたんだ。
.......俺の知らないところで思ってたんだ。
「……言えばよかったじゃん」
「何を」
ぼそりと呟いた言葉をハゼは拾う。
そうだよハゼはいつだって、俺が零したものをちゃんと掬って手を伸ばしてくれる優しくて思いやりがある人だと思ってたのに。
「弱い奴はお荷物なんだって言えば良かっただろ!!
無駄に優しくして、友達だと思わせてさ、陰では思ってたんだろ!!面倒だ、邪魔だって!!」
「はあ!?そんな事思ってな─……」
ハゼも久我もまおも目を丸くして俺を見ている。
でも俺は止まらない。
イラつきと悲しさと寂しさが入り交じって、心がぐちゃぐちゃだ。
「俺と居ると面倒なんだろ!!でも俺は楽しかった!!友達だと勝手に思ってた!!ハゼの馬鹿!!」
弁当も鞄も放ったまま真宏はその場から駆け出し屋上から逃げた。
言い逃げをしてしまった。
でもこれ以上あそこに居たら、もう、溢れそうだった。
勘違いをしていただけの可哀想で哀れな人間だって、思い知って、涙が溢れそうだった。
……いや、もう雫は落ちていたかもしれない。
「あーあ、真宏逃げちゃった」
久我の言葉にハゼの方が、ぴくり、と揺れる。
「なんであんなムキになっちゃったの、お前らしくないね」
久我はポンポン、と頭を撫でてハゼを落ち着かせようとする。
ハゼだってあそこまで言うつもりは無かったのだ。
ただただ本当に真宏の事が心配だった。
だってあの日会った葉山という男からは、あまり良くない感じがしたんだ。
そしたら案の定真宏にしつこく付きまとってるみたいだった。
実害はないとはいえ、既にメール数が尋常じゃない。
真宏は、自分の言葉足らずが原因で"僕が真宏を見下してる、友達ではない"と思ってると勘違いしてしまった。
そんなわけ絶対無いのに。
友達だと思ってるから……大事な友達だと思ってたから頭に血が上ったんだよ、馬鹿。僕の、ばか。
「つーかさ、喧嘩は置いといて、その中学時代のって奴、俺もあんまりよろしくねー気がすんな」
まおがそう言うと久我も「んー」と首を傾げた。
「まあパッと見普通の男子高校生って感じではあんだけど、なんつーかギラついてるっつーか、単純になんだコイツ、って感じではあるんすよね」
上手く言えねぇけど、と付け足して久我は菓子パンの続きを食べる。
真宏、お弁当毎日楽しみにしてたのに半分も食べずに置いてっちゃったな……。
「んー……そんなにあかんの?メール多いのって」
さっきまでずっと喋らなかった宇佐美は唐突にそんな事を言った。
「え、キモイでしょ普通に」
「そーなん?」
「そーなん、って……自分がその数メール来たらドン引きするでしょ」
宇佐美は「うーん」と考え込んで、こてん、と首を傾げた。
「けど俺、まひにいっぱい送ってんで?」
「そんな気はする……え?てか、先輩携帯買ったの?」
「おー、まひの写真欲しかったから」
珍しく照れ臭そうに笑う、宇佐美に思わずキュンとしてしまった。
……なんて言うか。
この人がモテる理由が何となく分かった気がする。
っていうか、ドクズだと思ってたのになんでこの人はこんな割と真っ直ぐというか、綺麗と言うか、なんというか……
案外真宏と似てんだな。
「真宏の事大好きなんスね」
久我のセリフに宇佐美は素直に「そりゃな」と頷いた。
「せやから俺が追っかけて真宏の株上げてしまおかなぁ〜」
ニヤニヤとこっちみて来る宇佐美にイラッするも、顔を逸らして返す。
「……今はまだ頭冷えてないんで、どーぞご勝手に」
拗ねたようにそう言えば宇佐美は、「ふーん」と何かを思案するように返事してくる。
「俺はダチおらんからよー分からんけど、お前らの掛け合い見てんのは割かし好きやったし、はよ仲直りしぃや」
そう言って宇佐美はお弁当を手際良く片付けて真宏の分の荷物も片付けて屋上から出て行った。
そんな先輩を見て思ってしまう。
ああやって不器用だけど慰めたりなんなりしてくれたり、うさ先輩の大切な真宏を傷つけて泣かしたにも関わらず僕を怒鳴ったりしないのは、真宏の為にそうしてるんだなって、それが出来るくらい真宏の事が好きで同時に俺らの事も一応思ってくれてるんだなって思ったら、一つしか違わないのにやっぱり先輩なんだな、とか思ってしまう。
悔しくてたまらない。
あんなチャラ男より僕の方が絶対真宏を大事に思ってるって思ってたのに。
結局僕は真宏を下に見てたのかな。
そんなつもり無かったのにな……。そんな事を考えていたらじわじわと涙の膜が張ってきてしまう。
自分の未熟さが撒いた種だ。
自分にむかつく。
なんでもっと上手に伝えられなかったんだろう。
"僕は真宏の事が心配なんだ"って。
こんなんじゃ、この間まおちゃんが水族館で真宏泣かした時と同じことしちゃってる。
俯いて涙を堪えていると、不意にわしゃわしゃと頭を大袈裟に撫でられる。
「おー泣け泣け。泣いちまえ、そしたら頭も冷えんだろ」
まおはハゼの頭を撫でたついでに、ぽすん、と自分の胸に隠してくれる。
「泣きてぇって事は、何かしら後悔したんだろ?なら落ち着いた時にまた話せばいーよ。伊縫はちゃんと分かってくれる奴だろ」
ぽんぽん、と優しく大きくてガサツな手で撫でられたらもうダメだった。
涙腺が壊れたみたいにダバダバ涙が溢れてくる。
そうなんだよ、真宏。
僕はね、言い方間違えちゃっただけなの、本当はね真宏のことが心配だったの
でもね、もう一つ少しだけもやもやしてたの
真宏が弱いからとか対処出来ないからとか、そんなのはただの言い訳で下に見てたわけじゃなくて、
真宏の友人は何となく僕と隆ちゃんが、一番、だなんて勝手に思ってたからいきなり現れたあんなよく分かんないチャラ男に、知らない真宏が盗られたみたいで八つ当たりしたくなっちゃったの、
そんなわけないよね。
真宏にも過去があるんだから、友達だって居たはずなのにね。
僕の方こそ、嫌な奴だよね、ごめんね、ごめんなさい
「よーしよしよし、いー子でちゅねーひなたちゃん」
馬鹿にしたように撫でてくるまおに、本当は悪態つきたいけど何となく今はもっと甘やかして欲しくて、ハゼはぎゅ〜っと厚い胸板に抱き着いた。
柑橘系の制汗剤の香りが心地良い。
いっぱい泣いてスッキリして落ち着いたら、
ちゃんと真宏に謝ろう。
悪かった、ごめんなさいって。
だからまた僕と、友達をやり直しませんか、と。
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