《142》

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「忍とは、そんなものですぞ、忠勝殿」 頭巾の隙間から覗く天海の眼が忠勝に向いている。心を読まれた。忠勝はすぐに想いが表情に出るとは、誰もが言う事だ。 単純な自身を恥じるような気分が忠勝を包む。そんな気持ちをごまかすように忠勝は争闘の輪に向かい、走り出した。すでに石川数正は身に縄を打たれていた。忠勝はあの癩病の男を探したが、どこにも見当たらなかった。味方も敵もいくつかの屍体を晒していた。立っているのは、天海が引き連れてきた者たちの方が若干多いような気がする。ほどなくして、敵はこの場から居なくなった。忠勝は腰に差してある徳川家戦闘必携に触れ、石川数正を見た。数正の右手にあった鍵の束は、数正の傍らに立つ徒が持っている。 「色々と聞く事がある」 数正を見下ろして忠勝は言った。 「今の男はどこの誰だ。石川数正よ、おぬしはどこの勢力と通じているのだ」  石川数正が横を向いた。忠勝は眼を閉じ、大きく息をついた。やはり、拷問をしなければならなくなるのか。かつては敬意を持って接していた男だ。忠勝自身、石川数正から学んだ事も少なくない。胸の内、鉛が満ちてくるのを忠勝は感じた。 「聞かずとも、だいたいの察しはついています」 天海のひび割れた声が割って入ってきた。 「人の心をたぶらかし、自身の有利を呼び込むやり方。実に鬱陶しい。あの男に決まっている」  頭巾の隙間から僅かに覗いている天海の双眸に嫌悪が滲んだ。頭巾の左側、こめかみの部分が早い動きで痙攣している。 「羽柴秀吉か」 忠勝が言うと天海はうつ向き、全身を激しく震わせた。低い唸り声まであげている。よく聞くと、天海は小さな声で言葉を発していた。秀吉、必ずやこの手で、と言っている。忠勝は驚いていた。ここまで感情を顕にした天海を見たのは初めての事だ。
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