ハイビスカスの髪飾り

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 コロナ禍になる少し前だから2年前の夏、当年取って24歳にして石垣島へ旅行に行った時のことだった。コモンを少しでも実践しようと8人相部屋のドミトリーに泊まった僕にとんでもなく奇跡的な出会いが待っていた。  僕を入れて男が6人、女が2人いたが、世代的に言うと、男はアラサーが4人、あと一人は僕と同輩で女はアラサーが1人、あと一人は僕と同年で、なんと彼女が高校1年の時に僕と同級生だったのだ。名を畔柳早苗と言って僕は更に更に驚くべき事実を知ることになるのである。  僕が宿泊した場所は石垣島の南端に位置する石垣市登野城内と言っても城内ではなく登野城という地区内にあり近辺に飲食店や売店が多くある便利な街中だ。宿の向かいにもスーパーがあるので宿泊して二日目の昨晩、僕はそこで買い出ししておいた材料で以て共用キッチンでおかずとして目玉焼きとか作って畳敷きの共用ロビーで朝食を取った。その時は早苗は出かけていて残り6名の内3名と一緒だった。で、昨日見物に行ったマングローブ群落の話で盛り上がった。  朝食後、僕はシュノーケルセットを宿主からレンタルして独りで最寄りのバス停に行って朝便のバスに乗り、北へ50分かかる道のりを経て米原キャンプ場で降り、国の天然記念物であるヤエヤマヤシを観賞したりしてから石垣島切ってのシュノーケルスポットである米原ビーチに行った。白い砂浜と青い遠浅が広がる海岸でシュノーケリングしなくても上から魚が泳ぐのをはっきり見られる程、透き通っているので燦燦と降り注ぐ太陽光を思い切り吸い込んで半端なく透明感のある明るい海水を掻き分け掻き分け渚から沖へ300メートル位は歩いて行けそうだ。  僕はビーチハウスの更衣室でTシャツ短パン姿から海パン姿に変身した後、シュノーケリングを開始した。すると赤や青や黄などカラフルな色をした、または縞や円や斑など鮮やかな模様をした数十種類の熱帯魚が珊瑚を始め自然の恵みを仲良く共有し、ひらひら舞いながら無数に泳いでいるのを観察出来て別天地に来た気分を爽快感を伴って味わった。  シュノーケリングを満喫した後、バスに乗って西へ20分かかる道のりを経て川平公園で降り、石垣島でも指折りの観光スポットである川平湾を眺望するべく川平公園内にある展望台に行った。油然とした白い雲の群れが青空と融合して浮かんでいる。コバルトブルーとエメラルドグリーンが融合し、瑪瑙のような模様を描いて輝く海にグラスボートが何艇も浮かんでいる。マジパナリを始め4つの小さい緑豊かな無人島も浮かんでいる。それらの向こうに名称は小島でも川平湾最大の島に聳える黛青の山が連なっているのが見える。正に感嘆措く能わずといったところ。  僕は是非ともグラスボートに乗りたくなってチケットを買いに行って白い砂浜に降りた。サクサクと心地よい踏み応え。岸から階段を使って乗船。船底がガラスになっている部分から澄んだ海底を覗き見できる。取り分け珊瑚の森でクマノミと名の付く数種の小魚と多種多彩なイソギンチャクが共存し戯れる光景は色とりどりで平和そのもの。僕の心も平和になる。  こんな所では誰も悪いことは考えないなとさえ思った僕は、グラスボートで遊覧した後、バスで宿に帰り、ベランダで洗濯した。  その晩、共用ロビーで宿泊者皆とゆんたく鍋パーティーをやった。皆、アルコールが入っているから気さくで和気藹藹としていた。僕はビールや泡盛を鱈腹飲んで相当酔った時、ふと隣に来た女を見た。で、横顔をまじまじと見た。相当酔っているから遠慮なく見入ったのだ。見事な富士額、長くしなやかな睫毛、目尻の切れ上がった目、癖のない整った高い鼻、愛欲をそそる愛らしい唇、優しく円やかな顎、いずれも見覚えがあると思った。それまで間近で見てなかったし真横から見てなかったので這般に気づかずに顔がシュッとしている印象しかなかったのだが、それは長きに亘ってシェイプアップした成果の表れの一つに違いなく頬肉が程よく削げているからで高1の時にはまだ丸顔だった早苗に違いなかった。  そう確信した僕は、確かめずにはいられず訊いてみた。 「君、もしかして畔柳さんじゃないの?」  すると僕の方を向いた彼女も僕の顔に見覚えがあるらしく、そうよと答えるや、僕と顔を突き合わせ、あなた、ひょっとして寺島君?と訊き返した。  僕は真正面で咫尺の間に見て早苗が凄い美人になったことが分かり、頷きながらでれっとすると、早苗はそれこそ花が咲いたような笑顔になって凄い偶然ね!運命の邂逅ね!と期待を大いに抱かせることを言った。だから僕は心から嬉しくなって運命の邂逅…と噛み締めるように呟いた。しかし僕には高校2年の時から付き合っている妙子という彼女が既に存在していた。早苗には劣るものの中々可愛い子だから裏切ることは出来ないと思ったが、マタタビを与えられた猫のように早苗の美しさに酔ってしまっていた僕は、無性に二人きりで話したくなって近くの居酒屋に行こうと誘ってみたら乗って来たので、そこへ二人で行くことになった。で、僕はオリオン生ビールと請福1合をボトルで頼み、お通しで一杯やった後、頼んでおいたゴーヤちゃんぷるとてびち唐揚げが持って来られたから大いにやったが、早苗はオリオン生ビールとお通しだけで済ませ、奢るからと言っても太るからと終始断り続けた。今にして思えば断り続けた理由が分かるが、その時は余り飲めない口なのかと思っていた。それとどんなことを喋ったのか、ほとんど覚えていないが、一つ印象的だったのは僕が何の弾みでおっぱじめたか分からないが、女の貞操について説教臭い頑固親爺みたいに守り通さないかんと徹底的に諭していた時、早苗が何だか居た堪れないような態度になったことだ。これも今にして思えば納得がいくことだが、その時は別に問題にしないどころか酒が入っていてもはしたなくなったりだらしなくなったりすることが全くなかったから流石美人だと思っていた。  宿に帰った時は零時を過ぎていた。僕はしどけなく早苗の肩を抱きながら彼女に寄り掛かるように歩いて帰ったと思う。早苗は泥酔してるからしょうがないと許していたのだろう。そうそう、居酒屋での会話の中で早苗に彼氏はいるかって僕は訊いていたっけ。そしたら彼女がいないと答えたのを覚えている。僕も彼女がいるにも拘らず早苗に訊かれて、いないと調子よく答えたのを覚えている。勿論、早苗と旅先だけの関係に終わらせたくなかった下心が言わせたのだった。で、これは後で分かったことだが、実は早苗は僕がまだ妙子と付き合っているんじゃないかと内心疑っていた。  翌朝、僕は早苗を誘って宿から徒歩で10分くらいの所にある島豆腐が売りの食堂に行って朝飯を取ることにした。僕はゆし豆腐セット大を注文し、早苗はその小を注文した。で、僕は早苗を愛おしく思ってしまった。そして今時珍しい女だと思った。だってそうだろう。少数の富裕層ばかりいい思いをして多数の貧困層が喘ぎ苦しむ行き詰まった資本主義の下で何の疑いもなく育ち、あれ食べたいこれ食べたいと欲望を際限なく巡らす大食い女が闊歩する当世に鑑みてみれば・・・でも現代では女は細い方が良いという価値観が厳然とある所為で今時の女は無理なダイエットをするから食糧難だった戦後間もない女よりカロリー摂取量の平均値が少ないらしい。早苗はそんな気遣いはなく至って健康的にスリム。  僕らのいるテーブル席は吹き曝しになっているが、簾で囲ってあって風通しが良く涼しいように早苗の格好も涼しげで二重瞼の下で長い睫毛を風にしなやかに靡かせる。来る前に判然としたんだが、彼女は小股の切れ上がった美人と言え、バミューダパンツから覗く脚がすらりと長く半袖Tシャツから覗く腕もほっそりしている。それでいて胸元が張り出し顔が小さいから超ナイスな感じだ。仕草も嫋やかで雅やかで実に宜しい。だから僕は本腰入れて、ほんとに彼氏いないのかって聞いたら昔付き合ってた人はいたけど今は確かにいないわと答えた。だから独り旅なんだと訊くと、そうと答えた。で、願ってもないチャンスと捉えた僕は勢い、付け合わせの蛸明太とおからの味噌炒めを頼むと、ほんとに食欲旺盛ねと早苗が可笑しそうに言うので、それに引き替え君は美人らしく意地汚く食い意地が張ってなくて上品で良いねと答えてやった。すると早苗は何も答えず嫣然と笑うだけだった。そんな彼女に僕は難なく惹き込まれ、時折食べながら上目遣いで僕を見る時の上弦の月のような鋭い目は二重瞼と相俟って色っぽく、すっかり魅せられてしまう。で、僕はとことん早苗と付き合おうと朝食後、宿近辺にある知念商会という所に行って名物のオニササを二つ買うと、最寄りのバス停に行ってバスに乗り、島の北東へ向かった。僕は早苗と海の景色を眺めながら駄弁り、バスに揺られる事一時間余りで兼城に到着した。  僕は標高282メートルあり石垣島で2番目に高い野底マーペー(野底岳)のとんがり帽子のような天辺で早苗とおにささを食べるべく登山道入り口に続く舗装された自動車道の爪先上がりの坂を登って行った。両脇はトロピカルな灌木や喬木や羊歯や草花が鬱蒼と生い茂る密林地帯だ。頻りに鳴くヤエヤマクマゼミそれにサンショウクイやリュウキュウキビタキ等野鳥の鳴き声もあちこちから聞こえて来るが、早速、カンムリワシに注意という警告板を目にした早苗にカンムリワシってどんなワシ?と訊かれ、僕もよく分からないので人を襲うのかと一瞬恐れたが、まさかそんな筈はと思い直し、人の恐怖を無闇に煽るお節介でお騒がせな看板だと言ってやった。すると早苗がどんなめんこい小鳥も顔負けの可愛らしい声を立てて笑ったので全く可憐な子だと僕は惚れ惚れするのだった。  而して進行する内に今度は亀横断中注意という警告板が掲げてあったので自動車運転手に対してかと思って僕らには無用の長物だね、第一亀がこんな山奥の道に出て来る訳ないよと早苗に言うと、早苗は矢張り可憐に笑うだけだった。彼女は比較的無口なので、そんなに喋りもせずに静かでなだらかな上り坂を登って行って麓から30分くらいで野底マーペー登山道入り口に着いた。  言い遅れたが、僕はクーラーボックスを持って来ていたので中から缶ジュースを取り出すと、疲れた?飲む?と差し出しながら訊いてみた。すると早苗は額の汗を軽く拭ってええと微笑みながら答えて受け取った。それにしても癒される笑顔だと僕は改めて惚れ直し、僕もジュースを飲んで少し休んだ後、僕らは熱帯植物が密生したジャングルのような中に拵えられた登山道へ入って行った。  人が独り歩けるくらいの幅の狭い上り道には裸根がくねくねと幾段にも張っていてそれを階段代わりに登る感じだ。坂が急になって来ると、道の脇にロープが幹や枝に結んであって上へと張ってあって手摺代わりになっている。もっと傾斜がきつく急坂になってくると、ロープに捕まりながらよじ登る感じだ。これは早苗にはきついのではなかろうか、他にデートスポットは幾らでもあるのに何で選りによってこんな所へ連れて来たのだろう、失敗したと思ったが、彼女は一言も文句を言わず只管僕について来てくれた。  登山道に入ってから約15分で山頂に上り詰めた。島に広がる亜熱帯気候特有の木々や羊歯や草花からなる潤沢な緑と南国らしいサンゴが煌めく海の青さともくもくと夏雲が浮かぶ空の青さを360度見渡せる大パノラマ。眺望絶佳と称すべき筆舌に尽くしがたい絶景だ。で、言うことありませんなあと僕は早苗に言ってみると、来て良かったわと彼女が達成感を漂わせながらしみじみ言うので、はあ、ほんとに健気でいい子だと思った。  僕は何としても早苗と共にこの絶景を眺めながら美味しい空気を吸い名物オニササを食べたくてやって来た訳で頂上にごろごろ転がっている大きな安山岩の一つに早苗とくっついて腰かけると、知念商会で自らおにぎりとささ身フライを組み合わせソースやマヨネーズをかけて作ったオニササをクーラーボックスから取り出した。実際、食べてみて、こりゃ人生最高のおにぎりだ!と叫び、早苗も自分で作ったオニササだけに彼女にしては珍しくはしゃいで、しかし度は過ぎずオニササを楚々として食べた。で、次のバスが来るまで大分時間があるからのんびり出来た。熱帯雨林気候だけど青嵐が漂い何だか爽やか。強めだけど心地よい風が吹いていて隣に早苗がいるから猶更だ。だけどスコールがあるかもしれないからそんなに長居は出来ず、下山を始めた。とんがり帽子を降りるのだから中々怖い。ロープにつかまりながら恐る恐る降りる感じだ。崖から落ちないようにトラロープも張ってあって、ほんとに怖い。早苗も流石に怖い怖いと言っていたが、やがてなだらかな坂になると、もう安心。登山口から出た時はほっと安堵の胸をなでおろした。  兼城バス停までの帰り道、野底マーペーのとんがり帽子を振り返って眺めると、よくあんなとこに登れたなあと早苗と話し、感慨深く思った。  バスが来るまでまだ余裕があるので店先に赤いブーゲンビリアが幾つも咲く洒落た飲食店に寄って僕はオリオンビールを頼んで飲み、早苗はマンゴーのかき氷を頼んで食べた。彼女はいつも穏やかで朗らかで何処となく色っぽくて何しろルックスもスタイルもナイスだから一緒にいてサイコーだ。しかし俄かに空が曇って来て窓の外が暗くなって来たからこりゃ拙いと思ったらやっぱり雨が降って来た。で、止むまで店内に居ようと思ったが、いつまで経っても止む気配がなく時間が迫って出ざるを得なくなって濡れながらバス停に行くこととなった。それでも早苗は僕と一蓮托生しても構わないといった風で寧ろ濡れるのがエッチしてるみたいに気持ちよさそうだった。兎に角、南国に来て楽天的になっていたのもあって何でも良いように取れるのだった。    その晩、宿泊者たちとゆんたくすき焼きパーティーをやったが、皆、独身者だからか、早苗が美人だからか、男たちは僕に嫉妬したらしく僕を見る目が違っていた。また、早苗が男たちの注目の的だからだろう、もう一人の女は気が腐っていた。で、僕は敢えて早苗から離れて泡盛を大いに飲んでアルコールで紛らしながら皆と付き合った。早苗はと言うと、持ち前の美貌と朗らかさで皆と付き合っていた。
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