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胸騒ぎ
時は少し遡り、ロシュディは魔道士宮に使いを出してパトリシアに手紙を届けさせていた。
「いなかった?」
ロシュディの執務室に戻ってきた使いの男が言うには、既に出掛けていて魔道士宮にはいなかったとのことだ。せっかく王宮の庭園でお茶でもどうかと誘おうと思ったのに。
まあ、出掛けられるほどの元気があるのなら良いか。
そう思い直したが、自分の予定も空けてしまっていたし、パトリシアのことを考えると無性に会いたくなってきてしまった。
「よし、行こう」
「どちらへですか?」
別の机で作業をしていた側近のルイが文机から立ち上がったロシュディへ視線を向ける。
「街へだよ」
とびきりの笑顔を浮かべたロシュディにルイは顔を引き攣らせた。
「まさか、パトリシア嬢を探しにですか?どこにいるのかわかるのですか?」
「うーん、パトリシアのことだから休みといっても仕事をすると思うんだよね。だから視察がてらパトリシアの寄りそうなところをあたれば会えると思うんだ」
「そんな楽観的な考えで探しに行こうとしないでくださいよ。すれ違う可能性もあるじゃないですか」
「だからお前も行くんだよ」
「ええっ?私は仕事があるのですが」
「馬車の中で出来そうなやつだけ持って行けばいいだろう」
「はあ?本気ですか?」
「いいからはやく準備をしろ。のんびりしていたら本当にパトリシアを見つけられなくなってしまうだろう」
至極真面目に言い張るロシュディを信じられないものを見る目で一瞥し、ルイは観念したかのように深いため息をついて肩を落とした。
そうして魔法で髪色を変えていつものように変装をしたロシュディはルイを伴って街へ繰り出した。
パトリシアが街へ出るときの行動パターンは何度か調べさせているので把握している。
パトリシアとすれ違いにならないようにまず教育施設へと寄ったが、パトリシアはまだ訪れていないようだった。
ならばと思い人材ギルドへ赴くと、パトリシアは既にギルドを出たという。
護衛としてついてきている者からの報告で、パトリシアを魔道士宮から乗せてきたという御者が、パトリシアは街へ買い物をしに出たと聞いた。
「ふむ、では私もパトリシアを探しがてら買い物でもしようかな」
パトリシアと並んで店巡りをするのも悪くない。むしろしたい。
後ろで呆れ果てているルイを引き連れロシュディはパトリシア探しを始めた。
けれどもなかなかパトリシアは見つけられなかった。目立つ容姿をしているので人混みだろうと見つけるのは容易いはずなのに。
変だな、と思っていると、1人の軽装姿の護衛騎士が慌ててロシュディの元へ走ってきた。
「ロディ様!」
変装時の名前を呼ばれてそちらを向く。ついてきている護衛騎士にもパトリシア捜索を手伝ってもらっているのだが、見つけたというわけではなさそうだ。
そばに来た護衛騎士はいくらか声を落としているが、その様子は緊迫した面持ちだ。
「あちらの服飾店の店主が走って行く男女を追いかけて行くパトリシア様を見かけたと言っていました」
「なに?それで?」
「何事かとしばらく見ていたようなのですが、パトリシア様の姿はそれきり見なかったと」
聞いた瞬間、胸がざわついた。
「すぐに全員集めて事情を話しパトリシアの行方を追ってくれ。1人は念の為に騎士団から応援を呼ぶように」
すぐに指示を飛ばし、自分もパトリシアを探すために足を踏み出す。
何事もなければいいのだが。
そう願いつつも、ロシュディが感じた胸騒ぎは大きくなるばかりだった。
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