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「私は、湊を湊の判断なしに“河野湊”にしてしまいたくなかった」
陸は勧められるままに椅子に座り、憔悴しきっている河野の話を聞く。
まるで懺悔でもするかのようなそれを、陸は聞くことしか二人にしてやれることがない。
湊が眠りつづけている間、日増しに河野はやつれていく様子であった。
食事もまともには採らず、ただひたすら湊の寝顔を見て過す。
たまに、それをスケッチすることはあるが、本格的に絵を描く、という行為は全くしていない。
陸が様子を見に来るのは、湊が心配なだけではなく、河野のことも心配で。
湊があんな状態になった瞬間、彼が見つめていたのは自分ではない、ということは陸にはちゃんとわかっていた。
そう、陸が見つめていたのは自分に投影した河野の姿。
“好き”だと言って歩み寄りたかった存在は、他の誰でもなく河野だということは、陸にだけはちゃんとわかっていた。
だから、それを河野に伝えた。
しかし、それを伝えた後から河野は完全に眠ったままの湊に囚われてしまったのである。
河野にそれを伝えたことを陸は後悔した。
けれど、伝えないではいられなかったのだ。
湊の想いは自分には受け止められない。
だって、その対象が自分ではないのは明らかなのだから。
だから、河野に湊を託した。勿論それは託す、という表現では正しくないだろう。元々湊は河野が育ててきたのだから。
けれど湊を息子のように愛しく思っていた陸は、河野が今度はその愛情で湊を包むべきだと考えた。
時折虚ろな目で湊を見つめる河野。そして、ぽつぽつと話をする。
「生駒湊、という名前は湊がたった一つ、両親からもっらったものだ。だから、物心がついたすぐの湊からそれを奪いたくなかった。だから、生駒湊のまま私は彼を育てた」
訪れる度、陸に対して河野は少しずつ湊の話をした。
それはまるで湊の過去を自分こそが思い出そうとするかのように。
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