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episode 54
「こ、この部屋を使ってくれ」
ようやく至近距離で見る機会を得たニルヴァの顔を、ちらちらと盗み見ては、目を逸らす。
ラドラスは、思いのほか緊張している自分を持て余していた。
この日、ニルヴァは少しの荷物を持って、ラドラスの住まう城へとやってきた。
「カバンくらい侍女に持たせればいいものを……」
独り言のように言うと、ニルヴァはそれにすかさず反応し言った。
「こ、これくらいの荷物、自分で持てますから……」
そして、ニルヴァの続く言葉に、ラドラスは肩を落とした。
「……なので、め、メアリを怒らないでくださ、い」
メアリとは、ニルヴァのお付きだった侍女のことだろう。
ニルヴァが、恐る恐る言う。
その度に肩を震わせ、頬を硬直させるその様子を見て、ラドラスは心の中で何度も何度も、こう思った。
(そんなことくらいで怒ったりはしない、のだが……)
ラドラスは、盛大に溜め息を吐きたい気持ちになった。けれど、このようなニルヴァの反応も、全ては過去の自分の振る舞いに起因する。仕方がないと言い聞かせて、ラドラスは続けて言った。
「お、俺の部屋は廊下の一番奥だ。俺は執事を置いていないから、なにかあったら、直接俺に……」
言葉を言い直す。
「侍女のカレンに言ってくれ」
「……はい」
ラドラスは、開けていたドアから離れると、自分の前を通って部屋の中へと入ろうとするニルヴァの背中に向けて、声を掛けた。
「ニルヴァ、」
ふと足を止めて、振り返る。銀の髪がふわっと揺れて、その髪の香りがラドラスの鼻にも届くのではないかと、ラドラスに錯覚させた。
「はい、なんでしょう」
ラドラスはその瞳を見た。
(俺のような男と、なぜ結婚などを許したのだ?)
青い瞳が、怪訝な色で陰る。
「……ラドラス様?」
胸が絞られるように痛んだ。
それはいつもこう考えてしまうからだ。
(……兄上を好いているからなのだろうな)
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