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季節は三月になった。
都内某所でK飲料会社、倉持酒造主催、枝垂れ桜スパークリング発売記念イベントが行われた。
華やかな会場の中心には、枝垂れ桜、臼桃色と名付けられた日本酒スパークリングが飾らせていた。
桃の花が飾られた会場は、臼桃色のスパークリングを思い起こさせた。杜氏である父をはじめとした倉持酒造の皆が参加している。
K飲料会社も企画者である大島をはじめとして、開発チームが勢揃いした。
立食パーティー会場と化している場には、枝垂れ桜スパークリングを片手に皆が飲食を楽しめるスペースが出来ていた。
「与吉さん、よかったすね〜こんな風にたくさんの人が枝垂れ桜のことを知ってくれるきっかけができましたよお〜」
浮かれた大家が隣でスパークリングをぐびぐび飲んで酔っている。
「おい、飲み過ぎだぞ。浮かれすぎるなってあれだけ言ったろ?」
与吉は注意しながらも、大家が浮かれるのは無理はないと思った。関係者たちの反響は上々だった。
足元がふらついた大家の腕を掴んだ時、声をかけてきたのは聞き慣れた女性の声だった。
「見つけたわよ、与吉くん!」
「み、三木おばさま…」
「あらら、お弟子くん酔っちゃって」
「すいません。ハメ外したみたいで」
「ま、ここまで大変だったものね。仕方ないわ。それはそうと、私の紹介した子断ったそうね」
「そ、それは…」
「好きな人がいるなら早く言いなさいよ」
「そこまで聞いていたんですね」
「当たり前でしょう。まったくそれじゃいらないお節介しただけじゃない」
「すいません。あの時はまだ覚悟がなくて」
「まあ、無理もないわよね。相手がK飲料会社のイケメンくんなら」
「そうなっ…ええ??」
「やっぱり当たりなのね」
三木おばさまはこれ以上、誤魔化しは効かないという顔で与吉を見た。
「大丈夫。他の人には言わないから。ま、私があの日、与吉くんに話しかけていた時点でイケメンくんの視線が痛かったからね」
「視線って…大島は何もおばさまと話してなかったのに」
「私も一応、たくさんの社員を見ているからね。あの視線あれは嫉妬深さの現れね。与吉くんも困った人に好かれたものね」
「はあ…」
「なに?うまく行ってないの?」
「まあ、簡単な問題じゃないですから」
「何言ってんの。まだあのイケメンくんは与吉くんしか見てないわよ」
三木おばさまが指さす方を見ると、大島と目があった。大島はすぐに逸らしたが、確実にこちらを見ていたようだ。
「ほらね」
「三木おばさまは本当に侮れないですね」
「私は与吉くんが幸せになってくれたらならそれでいいの。じゃ、旦那が待ってるからまたね!」
ウインクをしておばさんは旦那さんが待つ方に駆けて行った。
「もう一杯〜」
隣で大家が声を出して驚く。大家が酔っていてくれたことにほっとした。
一時間後、無事イベントはお開きとなった。
先に諭吉が父や関係者を連れて帰った為、与吉は大家の世話を焼く羽目になった。
イベント会場の前でタクシーを待つが、順番はなかなか来ない。
「まったく…」
酔い潰れた大家の肩を抱きながら、与吉はため息をつく。
「あ、おおしまさーーん!」
急に大声を出したかと思えば、大島がちょうどイベント会場から出てきた。
「お、おい、大家!」
何事かと周りが騒つくのを見て、大島が近づいてきた。大島と直に話すのは久しぶりだった。
出来上がったスパークリングの試飲を何度かしに行ったが、その時は仕事モードに切り替えていたし、何より周りに諭吉を始め関係者が常にいた。
「大家くん、ひどく酔ってますね」
「あ、ああ」
「おおしまさーん!車乗せてってくださいよ」
「おい、大家!」
「仕方ありません。このままでは大家くんが騒がしくて周りに迷惑をかけます。俺でよければ車で送ります」
「でも酒飲んだんじゃ」
「車で来たんで、そこは飲んだふりをしました」
与吉は得意の笑顔を見る。さすが女優の息子だ。
「でもよ…」
与吉は断ろうとしたが、周りの視線が痛かった。
「すまん…大島、頼む」
「構いません。じゃ、駐車場まで運びますよ」
二人は酔った大家の両肩を担いだ。
大島の車は、ライトグレーの高級車だった。
後部座席に大家を寝かせ、与吉は助手席に乗った。
まさか大島の車の助手席に乗る日が来るなんて。
緊張している自分が恥ずかしい。
「与吉さん、緊張してます?」
「し、してない」
「わかりやすいですよね。与吉さん」
車を走らせる大島の姿は、様になっている。
いい歳して何ドキドキしてんだよ、俺。
「大家がすまないな」
「構いません。大家くんにもお世話になりましたから」
「そうか…」
「まさか与吉さんとこうしてまた話すとは」
「俺だってもうないと思った」
「ですよね…」
静かになる車内が耐えられず、与吉は会話を探す。
「そういや…大島の母親に会ったぞ。女優さんしてるとは驚いた」
「母さんに…?いつの間に…」
「大島が住み込みやめた日だ」
「あの日ですか…母が余計なことを言ってないといいですが」
「余計かどうかはわからないが、話をして、大島が我慢してんじゃないかって思った」
「我慢?」
「自分の気持ちを抑えて、相手の幸せを考える。大島の母親が言ってた」
「そんなことを…」
「大島は俺に言ったことは本当なのか?」
「本当じゃなきゃなんていうんです?」
「おおしまさーん、よきちさーん!!」
シリアスな会話を割ってきたのは、酔い潰れた大家だった。
「な、なんだよ?!」
「俺、はきそうれす〜」
「大家、我慢しろ!」
「渋滞しているから、まだ倉持酒造には時間がかかりますね。仕方ないここから数分で俺のマンションがあるので行きますよ」
「い、いいのか?!」
「車で吐かれちゃ困りますから」
大島が焦った顔をしている。与吉は謝罪する他なかった。
大家は、大島の家に着くなり、トイレに駆け込んだ。盛大に吐いた後、二人で始末をした。スーツも手洗し、下着を洗濯機に入れ、シャワーを浴びさせた。
最後は服に着替えさせ、大家をベッドに寝かした。大人二人係でも大変な作業だった。
「酔い潰れた相手をするのは大変ですね」
「ああ…本当に迷惑かけた」
与吉は頭を下げる。
「頭を上げてください」
「しかし…」
「せっかくなんで、臼桃色スパークリングを飲みましょう」
「いや、大家はともかく俺は帰る…」
言葉とは裏腹に与吉が時計を見ると、終電は無くなっていた。
「いいですよ。二人ぐらい。ソファーになりますけど、よかったら」
窓際のベッドには大家が眠っている。さすがにそこに三人眠るわけにいかない。
「大島は?」
「床で雑魚寝します」
「じゃあ俺も…」
「ダメです」
大島にぴしゃりと言い切られ、与吉は黙った。
「とりあえず飲みましょう」
冷蔵庫に入っていた臼桃色スパークリングは冷えている。ワイングラスにしゅわしゅわと泡立つ臼桃色がとても綺麗だ。
「飲むふりをしているのは大変でした。早く飲みたくて。与吉さんもどうぞ」
グラスを受け取り、与吉は口をつけた。
爽快感のある炭酸の後、枝垂れ桜の甘みと口の中にわずかに苦味がある。
「うまい」
「美味しいですね」
「無事作ることができて、よかった」
「協力してくださったおかげです」
大島がグラスで飲んでいる姿はやはり絵になる。与吉は二人きりで飲んでいたのが、随分と懐かしく感じた。
「大島…さっきの車での話だが」
「我慢してるってやつですか?」
「ああ…大島が俺のことを思って言ってくれているのがわかった。それはすごく嬉しい。だけどな、俺の気持ちを知らないで勝手に身を引いたりするなんて、ずるいぞ」
「俺、間違ってますか?」
「間違ってる。俺の気持ち聞かずに勝手に決めつけて。自分だけ逃げんな!俺は大島から、逃げたくない」
与吉は立ち上がると座っていた大島の隣に行き、大島を押し倒した。そして勢いのままにキスをした。
予期せぬ動きに大島はされるがままだった。
「まさか与吉さんに襲われるとは…」
大島は困った笑顔で与吉を見上げている。
「…大島、俺を抱いてくれ」
与吉の勇気を出した一言に大島は笑い始める。
「おい!笑うとこじゃないだろ」
「そこは抱いてやるじゃないんですね」
「俺はやり方わからないし…」
「女性とリードは変わりませんけど…与吉さん、俺抱きますか?」
「大島、わかっていってんな!意地悪するなよ」
「ごめんなさい」
悪気なく笑う大島はぐるり体勢を反転させる。
「与吉さん、もう一回言って」
切実な大島の顔に与吉は弱かった。
「お…大島、俺を抱いてくれ…」
与吉は大島の目を真っ直ぐに見つめて言った。
大島とキスをしながら与吉は気がついた。
ここは大家がいるところだ。
「な、なあ、大島。大家が寝てるんだけど…」
「大丈夫ですよ」
「大丈夫じゃねーだろ」
「爆睡してますって」
「そういう問題かよ!」
「与吉さんが俺に抱かれたいなんて言う。そんな夢見たいな話を逃せません!」
「臆病者だって言ってたのはどこのどいつだよ」
上着の下から手を差し入れて、大島は乳首に手を這わしながら話始める。
「実は与吉さんとは、この企画の話の前に一度会っていたんです」
「えっ…」
与吉は胸を触りながら触るなと言いたいが、叫ぶのは大家の手前できない。じわじわと快感を味わいながら、与吉は大島の言葉に耳を傾けた。
「何年か前、諭吉と大学の飲み会の時に車で迎えに来たのが与吉さんでした」
「そ、そんな一瞬で」
「挨拶もしましたよ。弟がお世話になってますって。その後、諭吉に兄貴が婚約を控えてるって聞いて、俺、失恋しちゃったんですよね」
「失恋って…」
「実は一目惚れでした。誠実で優しい兄の姿の与吉さんに」
頬をキスされて、与吉はビクッと身体が反応する。
「…んっ」
「それから五年、まさかこんな日が来るなんて」
大島の思いのこもったキスは舌を器用に滑り込ませてくる。いやらしい音がして、鼓膜に響く音だけで与吉は身体が熱くなっていく。
「はっ…う…」
「与吉さん…」
与吉は熱く耳元で囁かれながら、自分の中心に長い指先が触れるのがわかった。与吉は両足を上げる。大島は快感を促すように手をうごした。
「はっあっ…や、やめろ…」
「やめろじゃないでしょう。今日は最後までしますから」
「こ、ここで?!」
「ここでです」
「シ、シャワーも浴びてないのに…?!」
「もろもろ準備があるし、与吉さんの声が聞きたいから、風呂場に行きますか」
与吉を軽々と抱き抱えて、大島は風呂場に連れて行かれた。
「お、おい!下せ!」
「こんな格好の与吉さんを歩かせられません」
服が乱れた大の男を担ぐなど恥ずかしさしかないはずが、大島はむしろ喜んでいた。与吉は顔を両手で覆うしかなった。
大の大人二人が全裸で浴室のシャワーを浴びている。何をしているんだと冷静になると気がおかしくなりそうなので、与吉は目の前の大島しか見ないようにした。
首に手を回して、自分が足を開く。とんでもないと思う行動なのに。恋というのは恐ろしい。
「ちょっと首緩めてください。息できなくて死んじゃいます」
「こ、こんな目にあってる身にもなれ!」
大島が丁寧に与吉の身体を洗った後、ボディーソープの液が、与吉の中に入った。
気持ち悪いような妙な違和感だったのが、だんだんと快感に変わるのに時間はかからなかった。
「ん…!」
身体がピクンとしたところで大島は指の動きを止めた。
「ここがいいところなんですね」
「い、言わないでいいって!」
「言わないと楽しくないですから」
「大島って本当性格ひねくれてんな」
「好きな人はいじめたいタイプなんです」
「か、可愛くないぞ!」
言い合いをしながらも、大島は自分の熱の塊をそろりと挿入した。
見ていられなくて与吉は目を瞑る。
「与吉さん、力入れないで」
「ん…っ」
大島の唇が与吉の緊張をほぐそうと食らいつく。
負けないように与吉も必死に食らいついた。
ゆっくりと侵入した熱の塊が与吉の中で息を潜めている。
最初は苦しくてどうにかなりそうだったのに、だんだんと存在感を表して、与吉の中で熱を発した。
「んんっ…!」
「与吉さん、ゆっくり動きますね」
大島が腰を振る度に、中で快感が呼び覚まされた。
「あっ…ああ!!」
浴室で声が呼応して、与吉は恥ずかしさで涙が溢れた。
「痛いですか?」
与吉は頭を横にするのが精一杯だった。
「よかった…」
大島は熱いため息を与吉の耳元で吐いた。
この策士め…!と与吉は大島は睨む。
「与吉さん、それは俺を煽ってます?」
「ち、ちが…!!」
ぐぐっと存在感を増したのを与吉が感じたのが最後、互いに頭の中が真っ白になるのを必死に追いかけた。
「の、のぼせた…」
仰向けにソファに倒れ込んだ与吉は、大島にTシャツとハーフパンツを借りた。
大島も同じ格好でしかも自分よりもスリムに着こなしているのが腹が立つ。
「水、飲みますか?」
悠々と立って水を飲んでいる姿がまた腹が立つ。
こちらは霰もない姿で股関節が死にそうだというのに。
「…いらない!」
ぷいと横を向く与吉に大島が覆い被さる。
「重たいって!」
「事後のイチャイチャタイムは大切でしょ」
「なんでそうなるんだよ」
何か仕返しできないかと与吉は考えながら、大島の方を見る。押し倒されている構図である以上、どうしたって口しか反撃方法がない。
与吉は、目があった大島に自分の気持ちを真正面から伝えていないことを思い出した。
「大島…」
「どうしました?」
最初に見た時よりもずっと、薄い色素の目が熱を持って与吉を見ていた。
吸い込まれるように与吉は大島の唇に口づけをした。
大島が返そうとする前に与吉は声に出した。
「大島…好きだ」
動きが止まった大島の顔が耳まで赤くなった。与吉はこの顔を一生忘れないと思った。
「う〜ん、おかわり〜」
ベッドサイドから大家の声が聞こえて、二人は恐る恐るそちらを見た。
大家は寝ぼけていただけだった。
二人は胸を撫で下ろし、笑い合う。
大島がキスを仕掛けてきた。このキスの酔いには勝てない。与吉は白旗を上げた。
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