36話 ー掴みたいのは勝利ではないー

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 伝えてすぐ、夜春達は出発することになった。 『夜春ー。そろそろ行こう』 『あ、はい。分かりました』  和からの呼び掛けが遠くに聞こえる。答えてから夜春は咳払いをした。 『そのことも後でゆっくり話を聞くよ。今は安静に、無茶はしないようにね』 「うん」 『じゃあ』 「また後で」  名残惜しそうな声を残して通話が終わる。しんと静かになったのにも関わらず、私はふふと笑みを零した。  夜春さん、焦ってたなぁ。  急に、思いもよらないことを言われて、焦るのも当然。それでも焦っていた夜春のことを想像してみれば、つい笑ってしまった。  上体を起こしていたのを、スマホを枕元に置いて横になる。妊娠していると分かった時は呆然としてしまったけど、今は色んな想像が膨らむ。  夜春さんならいいお父さんになりそう。  産まれてくる子は男の子だから、夜春さんに似て背が高くなるといいな。  夜春と子供が戦いごっこをしている。それを見守り微笑む自分を想像して、幸せだろうなと思う。  そしてそんな未来が訪れるように。現実にする為に、今が最大の分岐なのだと改めて思った。  ――私が出来ることは全力で。  掴み取るんだ。  未来の為に。  この子が何の憂いもなく、毎日を笑顔で過ごせる世界を。  まだ小さい命の胎動を感じることは出来ない。それでもお腹の上に手を置いてそれを感じながら、朝に備えて少しでも眠ろうと思った。
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