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All work and no play makes Jack a dull boy.
Yes boss
…That's right.
【YES,BOSS】
「今日はアンナに連絡を取ってくれ、…そうだな誘い文句はこうだ。今夜9時に…9時に…いつものホテルで、かな。ああ駄目だ、年を取ると上手い誘い文句が思い浮かばなくてね。ジョーン、君ならどうだい」
恰幅の良い男性を支えている革張りのオフィスチェアーがぎしりと揺れる。
最近めっきりと増えた目尻の皺、彼にはそれすらも男の魅力としてのアクセサリーが一つ増えただけだ。
デービッド・エヴァンスにとって、年を取る事は憂鬱の種などにはなり得ない事だった。
彼は四十のバースデーをとうに迎えた今でさえ、自分の生まれた日の朝は嬉しいのだ。
そしてデービッドは今のニューヨークにおけるとびきり腕のいい弁護士と言われる一人であり、年を重ねているというだけで、顧客は信用できると勝手に思う心理的な要素も彼にはまた、有利な事だった。
客観的に言って彼はハンサムだし、粘着質なタチでもない。
まずいハンバーガーと温いコーヒーを出されたとしても、ウェイトレスにコーヒーをぶっかけ、「ここは牛か豚のレストランなのか?さっさと人間用の食事をだしてくれ」などと青臭い事も言わない良い紳士、なのである。
事務所には毎日のようにクライアントはくるし、彼の彼女は常に何人かいた。
彼は結婚適齢期をとうに過ぎたが逃した訳ではない。
自らハンカチを振って見送った。
彼に特定のパートナーは要らない。それよりも、タイプの違う美しい女性をまるでネクタイのように揃えておきたいのだ。
スーツは二、三着お気に入りがあればよい。ただ、アクセント。これが重要になる。
彼は様々な女性を、味わいたいのである。
デービッドは独身を後悔はしないし、今の生活に満足している。
自分のマグナムは古いが、味がある。後十年は問題なく使えるだろうと踏んでいた。
デービッドの彼女達も特定の男はいらない主義だし、デービッドをそこそこ愛しているので、彼と女性達は非常にうまくいっていた。
「ジョン、君は聞いていたのかい?それとも反抗期かね」
「すみませんボス、少し考え事をしてしまって…。来週のバートン夫人の件で」
やれやれ、とデービッドは肩をすくめた。デービッドのオフィス、そこに机を並べている人間が一人いる。それがジョンだ。
金髪碧眼のジョンは、七三に眼鏡の冴えない痩せたアメリカ人だ。
デービッドはよく彼の事を、「ジャパン生まれのアメリカ人」とからかっていた。
勤勉で洒落っ気もなく、真面目な彼を揶揄する。
今時の日本人が聞けば、顔を真っ赤にして怒るだろうが、デービッドには親しいジャパニーズはいないので別に構わない。
今日もいつものようにデービッドはジョンをからかい始める。
「ジョン、ジョーン。君は決まって私のプライベートな質問には答えてくれないね。君にはなにかビジネスの会話とプライベートの会話を聞き分けるチップでも頭につけているのかい」
「すみませんボス、ご気分を損ねたのなら謝ります」
「気分はいつも通りさ。君の態度と同じだよ。いつも通り君は私の秘書としては完璧だが、男同士の会話に関しては劣等生だね。別にそれが嫌いな訳じゃないが、もう少し余裕をもちたまえ」
「余裕…ですか」
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