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沈みつつある太陽を背に、俺はこう付け加えた。
「今みたいに、有難迷惑は斬らずとも解決できる。
だから、人を操る真似なんか止めてしまいな。
感撃丸は木刀本来、そして生命誕生の喜びを具現化した物として、
役目を果たしてくれればそれでいいんだ。
主人を悲しませてやるなよ」
至って澄ました様相の感撃丸だが、理解は示してくれている。
『たった今、斬った者の意識を戻し、壊した物は復元しておいた。
記憶は残してあるがな』
かなりの水を吸い込んでいる奴の身体が一気に軽くなった。
改めて見ると、散らばった傷の奥に美しい木面が控えてある。
俺はポケットから携帯電話を引き上げた。
妻に謝罪のメールを送らなければ。無論、帰宅後に必ずまた頭は下げる。
そして、話し合いをしよう。
感撃丸に頼らず、有難迷惑を適切に対処してみせようではないか。
【ごめん。今から変える……】
指が滑った。”帰る”と打つつもりが、”変える”に。
慌てて消去して、書き直す。
【ごめん。今から返る……】
似たような過ちを犯してしまった。今度こそ、正しく打ち込み直す。
【ごめん。今から蛙……】
能無しの予測変換が鬱陶しい。
利便性を求めた結果であろうが、使用者の俺からすると面倒極まりない。
これは立派な有難迷惑だ……!
我に返れば、濡れたアスファルトの上に携帯電話が無造作に転がる。
しかし、画面に割れた形跡はなく、新品同様の面構えを保っていた。
『余が力を発揮しなければ、今頃使い物にならなくなっておったな』
俺は未だ尚こいつに依存しているらしい。
夕立はとっくに止んでいると言うのに、俺の頬を水滴が滑り落ちた。
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