愛は蒼穹の彼方に 穂高の想い人

「ねぇ、穂高、聞いてもいい？」

「何だい？」

「私のこと、どうして好きになったの？」

「気になる？」

「気になるに決まっているでしょう」

「女の子にモテモテの穂高がどうして私なのかなって･･････私のどこがよかったのかなって･･････」

穂高は含みのある微笑を浮かべ美月を見つめた。

「それはだな･･････」

穂高は蒼空を見上げながら語り始めた。

美月はドキドキと胸を高鳴らせながら穂高の話に耳を澄ました。

「･･････その話は、また今度」

「えー！気になるじゃない･･････」

穂高はがっがりした美月を見つめて微笑んだ。

それは穂高が幼稚園生の頃のこと。

「あら、凄い･･････穂高君、お絵かき上手ねぇ。これは誰かな？お母さん？それともお友達かな？」

「違うよ･･････ぼくの好きな人･･････」

思いも寄らない穂高の返答に動揺を覚えた幼稚園の先生。

「まぁ･･････穂高君の理想の女の子像なのかな･･････本当にいたら素敵ね」

「え？なに？なに？穂高くん、この人のことが好きなの？」

近くにいた教室のお友達が素早く反応し、穂高の絵を見つめた。

「うん」

穂高は頬を朱に染め、はにかみながらコクリと頷いた。

「変なの。こんな子、どこにもいないよー」

「なんかさーお話の世界の子だよね」

穂高の絵をまじまじと見つめてお友達が口々にそう言った。

「いるよ･･････きっとどこかに･･････」

穂高は絵の女の子を見つめてそう答えた。

皆に否定される穂高を見て気の毒に思った先生は穂高にこう言った。

「･･････まるで女神様ね。きっと綺麗な女の子でしょうね」

「うん！すごくきれいな女の子なんだ！」

穂高はまるでその女の子を見たことあるかのようにリアルに語った。

「ぼくは約束したんだ。きっと見つけ出すって。僕たちは結婚するんだ！」

幼き穂高は瞳をキラキラと輝かせ熱く宣言した。

「まぁ･･････結婚だなんて･･････穂高君はロマンチストなのね」

幼稚園の先生はそんな穂高にあたたかな眼差しを向けた。

それから十年の月日が流れた。

「穂高ー。またかよ･･････これで何人目だ？」

「マジでお前が羨ましい！俺はお前に嫉妬と妬みの感情しか抱けない！」

「やめてくれよ。俺はだた、自分の気持ちに正直に生きているだけだ」

「それだよ！それ！それだけのルックスかかえて片っ端から女の子振るのやめてくれないかな･･････」

「そうだ！そうだ！モテない俺たちからしたら、お前は悪い男にしか映らない」

「やめてくれよ。俺は何も悪いことはしていない･･････」

「お前、アレだろ、アレ･･････いまだ探しているんだろ?理想の女の子ってやつを･･････」

「なんだそれ、初耳なんだけど･･････」

「こいつさ、幼稚園の頃思い描いた妄想の女の子を探しているんだ。そりゃ、見つかりっこないな･･････」

「え？どんな女の子なんだ？」

「その女の子は確か･･････」

「･･････もうその話はおしまいだ。いい加減にしろよ」

穂高はいつになく、不機嫌な表情を見せた。

「そんなにムキになるってことは、お前ひょっとして･･････まだその女の子を探しているとか？」

「･･････だとしたら？」

「穂高、そりゃ、ご愁傷さまだな･･････理想の彼女を追い求めていたら、お前は一生彼女ができないどころか、結婚なんかできないぞ！」

「･･････まぁ、そうかもしれないな」

穂高は苦笑した。

「君よかったら、うちのサークルに入らない？君が入ってくれたら、かわいい女の子たちが大勢入ってくれそうだ」

今日は大学の入学式。

各サークルが体験イベントの企画を持ち寄り、ビラ配りをしながら新入生の勧誘に切磋琢磨していた。

「僕は登山が好きなので、山岳部ならば･･････」

先輩たちに取り囲まれ困惑の表情を浮かべる穂高。

その賑やかな通りを歩いていると、あるサークル活動のビラに目がとまった。

「足を止めてくれたそこの君。体験してみない？この日この場所で活動する予定だ。参加費は無料だから、君が来てくれるのを是非待っているよ」

そう言って手渡されたそのビラに何故か心惹かれる穂高だった。

辺りがすっかり暗くなった頃、穂高はとある建屋の屋上の扉をギィとゆっくり
押し開けた。

扉の隙間から柔らかな光が差し込み、屋上に出た穂高は煌々と降り注ぐ月光に包まれた。

四方を転落防止の策が施された綺麗な屋上は、照明のない屋上でも数人の学生たちが何やら機材の準備に飛び回っているのがわかる程明るかった。

四月といってもまだ肌寒く、屋上を吹き抜ける夜風は穂高の頬をきゅっと引き締めた。

その日は日が沈むと同時に東の空から見事な満月が顔を覗かせていた。

穂高は一人広い屋上を散策しながら人気のない東側に移動した。

穂高は足を止めた。

そこには既に先客がいたようで、一人の人影が東の空を見上げていた。

その後ろ姿をみた瞬間、穂高の心臓の鼓動がトクンと跳ね上がった。

背中まで下ろされた長い髪は風にさらさらと靡き、しなやかで艶やかなその髪は青白い月光に照らされ銀色に煌めいて見えた。

幻想的な光景だった。

その女性は穂高の気配に気づくと、ゆっくりこちらに振り返った。

その刹那、穂高は雷に打たれたかのような衝撃を受けた。

まるで時が止まったかのように感じられた瞬間だった。

穂高はその場に佇み、ただその女性をじっと見つめた。

大きな満月を背景に燦然(さんぜん)と輝く月光に晒(さら)されたその女性は、何故か全身が白く光り輝いて見えた。

真白なワンピースを身に纏うそのひとは、長く銀色に輝く髪、全身が透き通る
ほど白い肌、女性らしいしなやかで美しい体躯、見たこともないほど美しい蒼い瞳の女性に映って見えた。

溢れる涙で前が見えなくなるくらい瞳を揺らつかせる穂高。

『わぁ･･････目が蒼い･･････』

『そうなんだ。その子はすごく綺麗な蒼い目の女の子なんだ』

『その女の子は髪が白くて長いの？何だかおばあちゃんみたいだね』

『うん、全身が白くて髪の毛が銀色に光っているんだよ』

『確か･･････瞳が蒼くて、全身真っ白で髪が長くて、銀色に光る髪の女の子･･････だったよな？』

『何だそれ？それって精霊？それとも神話の女神か？』

それは、穂高が子供の頃から探し続けていた女の子そのものだった。

「名前を･･････君の名を･･････教えてくれないか！」

女性は、初めて出会った男性に唐突な質問を投げかけられ驚きの表情を見せたが、慌てふためく穂高を見て柔らかな眼差しで微笑んだ。

「みつき･･････朔夜美月(さくやみつき)です･･････」

その刹那、穂高の魂が打ち震えた。

「･･････見つけたよ･･････美月姫(みつき)･･････」

慈しむような眼差しで微笑む穂高の瞳から、一滴の大きな涙が零れ落ちていった。