トイレのちよこさん

1/3
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
「気をつけな、佐藤。今夜は……出るよ」  準夜勤勤務者から引継ぎが終わった。  真夜中から日勤勤務者が来るまでの間の深夜勤務。リーダーを務める6年目の先輩看護師鶴田さんが、声をひそめて言った。私はこの春2年目になったばかり。まだ殻の付いたひよっこ看護師だ。 「で、出るって、何が……」  恐る恐る訊くと、鶴田さんは眉間にギュッと皺を寄せて声をひそめた。 「患者さんトイレにね、出るの……」  ゴクリと唾を飲み込む。ここは病院。出るとなると、やっぱその……。 「……幽霊………的な?」 「鶴田さーん。佐藤ちゃんピュアなんだから、変なこと言ったら信じちゃいますよ」  巡回用の懐中電灯の電池を入れ替えながら、4年目の先輩杉山さんが溜め息をついた。 「ヘンな事じゃないでしょう。杉山だって会ったって言ってたじゃん」  鶴田さんが言うと、杉山さんはなんでだか口をつぐんでジト目でこちらを見た。 「でもでも、なんで今夜なんですか? ずっと夜勤してますけど、そんなこと言われたの……初めてです」  杉山さんから懐中電灯を渡されて、私、ちょっと怖くなった。 「条件がピッタリなのよ」  鶴田さんがニヤリと笑う。 「片手は必ず開けておくこと。……両手がふさがってると、……襲われるらしいよ」  ゾゾーッ。何ですかそれ。  ヘンに脅されたもんで、ビビりまくって病棟巡回したけど、なんもない。いつも通り。  夜の病棟って真っ暗で、廊下の非常灯が照らす程度のぼんやりとした明るさしかない。新人の頃は、私もちょっぴり怖かったけど、「誰もいない」は実は怖くない。「誰かいる」の方がホントは怖い。先輩に言わせると、死んだ人より生きてる人の方がよっぽど怖いらしい。 「だって、死んだ人はそれ以上変わりようがないけど、生きてる人は突然心臓が止まったり息が止まったり、在りえないとこから出血してたり、信じられないくらい血圧や血糖が上がったり下がったりするのよ!」  今ならその意味が解る。  
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!