真夏の影法師【下】

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「あれ、瑞野君、もう体調大丈夫なの?」 パートリーダーの杉本が目を見開いた。 「うん。大丈夫。お騒がせしました!」 ちゃらけて敬礼する瑞野に、これまた杉本が目を丸くしている。 その会話にこっそり笑いながら、久次は皆に飲ませるポカリスウェットを紙コップに注いだ。 「ーー手伝います」 中嶋が積み重なっていたコップを一つ一つ並べてくれる。 「ありがとう」 言うと目を合わせないまま彼は微笑んだ。 ―――すごいな。子供って言うのは。 その横顔を見ながら久次は頷いた。 瑞野も、中嶋も、自分が何をしたわけでもないのに、ちゃんと自分たちの中で何かを消化し、何かを乗り越えた。 ―――負けていられないな……。 「―――よし!」 久次は立ち上がると、鞄から楽譜ファイルを取り出した。 「ポカリ飲んだら、今日の発声練習は曲でやろう!」 言うと、たちまち生徒たちからブーイングが入る。 「“あくびの歌”はかんべんしてくださいよー」 誰かが叫ぶ。 「“やまびこさん”も嫌ですー」 誰かも便乗する。 「そうじゃなくて」 久次は一つの楽譜を取り出すと、譜面台の上に置いた。 「“気球にのってどこまでも”」 途端に生徒たちが驚いた顔になり、ブーイングは歓声に変わる。 「―――?」 当然知らない瑞野は周りの反応を驚きながら見ている。 「瑞野、おいで」 手招きすると、彼は素直に久次の脇に来た。 「見てて」 「―――見てて?聞いててじゃなくて?」 そのキョトンとした顔に微笑むと、久次は指揮棒を取り出した。
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