けもの様1

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うちの家の奥にある6畳の和室。 黒塗りの箱に真っ黒な石が置いてある。 手のひらくらいの大きさの、平たくて見た目すべすべした石だ。 ただ、手に取ってみた事はない。 触ってはダメだと小さい頃から厳しく言われてきた。 電気もないのでその部屋は暗い。 毎日夜22時までに盃に入れた日本酒と白ごはんを供える。 言う言葉は決まっている。 「けもの様、召し上がりください。今日もいりませんのでどうぞ、ごゆるりと」 真っ暗な中、それを言って、さささと部屋を出る。 この儀式みたいなものの当番が決まっていて、今年は俺だ。 というか、初めての当番だ。 なんで、こんな事をしているのかわからない。 親も爺ちゃん婆ちゃんも教えてくれない。 "今日もいりません"って何がいらないんだよ。 俺は高校生で、夜遅く遊びたい時だってある。 でも、どうしてもこれをする為に帰ってくるのだ。 理由も分からず、ただただ、供え物をするだけなんて、なんて面倒くさい。 1日くらいサボっても大丈夫だろ……なんて思ったりもした。 しかし、まぁ、それを言うと親たちが怒り狂うのなんのって。 「(はじめ)!!お前は全然けもの様の怖さを分かっていない!毎日きちんとお供えするんだ!わかったな!」 何で、そんなに怒るのか、何でうちにそんな物があるかなんて、マジで不思議なんだけど。 せめて理由が分かれば、やりやすいと思うんだけどな。 しかし、けもの様とやらは、本当にいるっぽい。 次の日、盃と白ごはんが乗っていたお盆をさげようとすると、盃の中は酒がない。そして、白ごはんは黒く変色しているのだ。カビているってより炭にしたようなそんな、感じ。 毎回それを見るたび、暗い部屋だし、ゾッとするから、盆を持ったら、足速に部屋を出て、襖をパタっと閉める。 なんでウチに妖怪みたいなのいるんだよ、とマジで思うけど、誰もけもの様の事は口にしない。 ほんっとに迷惑。 で、ある日、友達と遊びに行った。 絶対に22時には帰らなければいけないと分かっていたが、友達の家でゲームに夢中になっちゃって。 ヤベーと思ってダッシュで帰った。 家に22時ジャストに着いて、ドアを開けた瞬間、母さんが「早く!早くー!」って俺にお盆を突き出した。 俺はそれを持って、奥の間に走る。 「けもの様、召し上がりください。今日もいりませんのでどうぞ、ごゆるりと」 いつもはそれで終わるはずだった。 しかし、酒の入った盃が、パンッと大きな音を立てて割れた。勿論、酒はお盆に溢れた。 そのあとシンと静かになる。 俺はそのままお盆を置き、奥の間から逃げ出した。 時計を見ると22:01 もしかして、1分遅かった? それで、けもの様が怒った? 「大丈夫だった?大丈夫だった?」 しきりに母さんが聞いてくる。 「さか、盃が割れた。急に、パンッて」 母さんの顔色が変わる。 「今日はお父さんとお母さんの部屋でいなさい!1人でいちゃダメよ!お義父(とう)さん!お義母(かあ)さん!けもの様が創を迎えに来る!早く来て下さい!」 どう言う事!?と聞きたかったが、家族全員がバタバタと焦っている。 電話でけもの様の事を知った仕事帰りの親父は走って帰ってきた。 部屋中に今までみたことないお札を貼りまくり、俺は長い数珠みたいなものでぐるぐる巻きにされた。 「な、なんなんだよっ!一体けもの様ってなにがあるんだよ!」 親父が俺を振り返る。 「いいか、創。この話は代々二十歳(はたち)になる時に伝えることになっている。でも、今、お前に伝えなきゃならん」 真剣な顔で、俺の両肩を叩く。そして、ぎゅっと握った。 「うちの家は、政治家、医者、ビルのオーナーとか、成功してる親戚が多いだろ?うちもそうだ、弁護士をしていて、金に不自由していない。そして、運がいい事が多いだろ?それには理由がある」 「え…」 「うちの古い先祖が家を栄えさせる為に大金を払い、呪術師からある呪法を聞いた。沢山の獣を殺し、ある呪文を唱えながら、その血を石に染み込ませる。 ……もう分かったと思うがあの石だ。 殺された沢山の獣の呪いがかかっていて、長男の一家が当番で供え物をすることで、魂を鎮めて、うちの家系を繁栄させてくれているんだ。もし、供え物を決められた時間に出さないと……けもの様がお迎えに来る」 ウソ臭い話なのに、親父は真剣に俺に話している。
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