ニコ

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 朝テレビのスイッチを入れると、ニュースキャスターが「おはようございます。世界の終わりまであと七日になりました」と言う。なんの感慨もなくへえ、と思っていたら、背後から「おはようございます。世界の終わりまであと七日になりました」とニコが復唱した。 「うまいじゃん。キャスター目指す?」  振り返ってからかってやったら、奴はまんざらでもなさそうにポッと頬を染めた。機械尽くしの身体のくせに、そんな機能必要だったのだろうか。まぁ俺には関係ないけど。 「ニュースキャスター、アンドロイドでもなれますか?」  少し間を置いてからそんな質問がきた。俺はようやく起きだして朝食のパンをかじっていたところだった。なんかちょっとカビ生えてたけど、食えりゃ同じ。お腹空いたまま終わっちゃうのがなんか悔しい気がして食べてるだけだから。 「さあ? もしかしたら人間よりいけんじゃね? 読み間違えとかないもんな」 「ニコでもなれますか?」 「ニコは……どうだろうな?」  ちょっとへんな味のするパンをかじりながら、ニコの全身をまじまじと眺めてみた。パッと見は人間の少年と見分けがつかないくらい精巧なつくりなのだが、いかんせん両足の膝から先がまるまるない。ちぎれた患部は配線が見えてるし焦げてるし溶けてるし結構ひどい。三日前、朝の日課の散歩途中に俺が拾った。 『最期の日々は大切なあの人と過ごしましょう』  なんのひねりもないそんなキャッチフレーズが出てきたのは確か一年前くらいから。ニュースキャスターの顔面と動物の癒し動画しか流さなくなったテレビでしきりに叫ばれるようになって、そうして段階を追って町なかから人が消えた。配給の時以外は家にこもりきり。全世界がヒッキーの巣窟状態だ。仕事だってやる意味がなくなって、生活に最低限必要な事業以外の従事者はほぼ一斉に失職。それでも備蓄の必要がなくなったおかげで配給を受けられるから、その日まで生き延びるには困らない。これが夢ならもうとっくの昔に覚めてる。だからたぶん夢じゃなくて現実の話だ。 「おまえは見た目が若いからな。少年型じゃ無理じゃね?」  さんざん不躾に眺めてから言ったのに、ニコはなんの反発もせず「そうですね……」と悲しそうに肩を落とした。 「溌溂として愛らしいのが売りなんです」と聞いたのは三日前のこと。しかし、派手に両足を潰されていたニコにはすでに「溌溂」も「愛らしい」も難しい問題だと思った。ニコのマスターは奴との残りの日々を持て余して自ら廃棄しようとしたらしいが、まあつまり、詰めが甘くて失敗したのだった。「ごめんな」がマスターの最後の言葉でした、と笑ったニコが少し悲しそうに見えたのは、目の錯覚だっただろうか。たかがあと十日、されどあと十日。マスターの『大切なあの人』になれなかったニコは自力で動けない鉄くず同然になったのだ。 「あなたならニュースキャスター、なれそうですね」 「俺? なんで」
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